奥さんに、片想い

 当事者の彼や若い彼女だけじゃなく、会社中の誰もが、あれだけ美佳子一人を悪者のように仕立て上げておいて。なのに今、会社では『安永さん一人を悪く仕立てた若者カップル』ということになっている。言っておくが、僕と美佳子から『言い訳や弁明』をしたことは一度もない。この件については本当になかったが如く、或いはなにを言われても聞かれても『沈黙に伏す』と二人で決めていた。そんな僕たちの頑ななオーラが滲み出ていたのか、誰もあの件については聞いてこない。

「怖いわよね。事実かどうかわからないことで『こっちが正しい、あっちが間違っている』とターゲットにして、しかも、この前まで正しいと言われていた人がコロッと悪者に転換されちゃうの」
 『もう、うんざり』と美佳子がため息をつく。
 ウェディングプランナーと式と披露宴について相談した帰りに、カフェで一息。カプチーノを堪能している美佳子がため息。
「別に私はもうなんとも思っていないんだけれど。彼も彼女も、仕事の伝達以外は近寄ってこないわよ。仕事で話す時だって目も合わせてくれない」
「いいんじゃないの。そのまんまにしておこう」
「そうね」
 淡泊に返した僕に、美佳子がちょっと申し訳なさそうに短く返答し話題を切ろうとしているのが窺えた。
 これが『美佳子の負い目』というものだった。美佳子と急接近したキッカケが彼等との諍いだったから。あの年下の男が話題に出るたびに、僕が気を悪くすると思っているのだろう。
 美佳子と噂になった大人の男達とは何かあったかもしれないのに、僕は腹も立たず。なのに『なにもなかった』とフィアンセが言っているのに、その年下の男に僕は腹を立てている。何故だろう。何故なんだろう。

 ずっと後で気が付いた。
 僕と美佳子の結婚を決定づけたキューピットが最悪な男だったからだと。
 そうでなければ、僕は彼女と結婚できない男。あの男のおかげで結婚できた? なんだか『俺のおかげなんですよ』とそいつが笑っている気がしてならない。


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 婚約の話題も落ち着いた頃、美佳子が『会社を辞める』と決意した。
 僕は止めなかった。いや、本当は続けさせてあげたかった。僕も将来が見えない保証できない安月給の主任なので、妻にも稼ぎがあるのはとても心強い。
 しかし同期入社で同じ部署に夫妻がいるのは会社側も考えるだろう。そんな時、美佳子に『支局転勤、異動』の打診があったとのこと。僕じゃなくて、美佳子に。やっぱり僕は女の子部署の『宥め役おじさん』と化していくことしか望まれていないようだった。
 そんな美佳子が決めた答が『辞める』だった。

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