奥さんに、片想い
――来るよ。少し前でミットを閉じるんだ。
背後から片思いで大好きだった課長の声。少しでも千夏に幸せを。そんな彼らしい純粋な声が聞こえたときには、真っ白い球がこちらに向かってくるところ。
少し前、顔に当たるかも? それぐらいで閉じよう!
そう思ったのだが……!
ガタンゴトンと駅を発車した電車が遠のいていく音が、公園に響いている。
――『ミットにボールはない』。
その球は少し手前でバウンドし、千夏の横をコロコロと転がっていっただけだった。
――届かなかった。
「……だから、だから言っただろう。一発勝負は無理だって。河野君だってもう毎日練習しているわけじゃないんだから。良い時期に練習を積み重ねて、それでバックホームの成功率も上がるってもんなんだよ!」
背中にいる佐川課長が、珍しく憤った口調で慌てている。
なんとかして、この切れそうな勝負をつなげようと必死になってくれているその気持ちは千夏にも痛いほど伝わってくる。
遠くにいる河野君も、呆然としている? でも見る限り『こうなると判っていたんだ』と達観した哀しい眼差しを伏せているようにも見える。
千夏もゆっくりと立ち上がる。暮れる夏の夕を見上げ……。
「そうですよね。奇跡なんて。あるわけないんです」
もどかしそうな佐川課長を見上げ、千夏は笑う。そして後ろに転がっていった球を拾いに行く。
「落合さん?」
夕暮れに染まる球を拾い、千夏はそれを暫く見つめた。