奥さんに、片想い
コンサル室に戻ると、同じく若い彼らも残業に突入する前のちょっとした休憩時間を取っているところだった。
『風に押し戻された打球、すごいバックホーム! なんと同点のまま……!』
実況アナウンサーの興奮した声が響く。
そしてその実況に千夏の胸がどきりとうごめく。
いつもの青年二人、そろってオンライン接続が出来るデスクにてなにやら盛り上がっている。
「なに見ているの?」
気になって覗いてみる。
「商業校が優勝したときの、奇跡のバックホームですよ」
やっぱり。と、どきりとした。
つい最近、それをきっかけにして千夏は結婚を決めたから。
それにしても最近、この名場面とご縁があるなあと思ってしまったのだが。
「なんか知らないけど。この前から佐川課長がしきりにこれを見ているんですよ」
「課長が?」
「うん。なんか泣けるって何度も言ってリプレイしていましたよ」
「なんか知らないんですけど。『僕も歳取ったのかな、妹を嫁に出す気分』とか変なこと言っていたよな」
「ああ。変だよな。それって奇跡のバックホームとなんか関係あるのかなって、なあ」
そ、そうなの――と、千夏は言葉を失ってしまう。
あれから佐川課長には真っ先に結婚を決めたことを報告。もう一夜で決まった報告に彼も唖然としていたというか、判っているけど驚かずにはいられないようだった。
そんな佐川課長が一番に言ってくれた。
『おめでとう』。
こんな日が来るんだね。僕と一緒に仕事をしている間に、僕の立ち会いで幸せになる姿を見届けられて嬉しいよ。これでもう僕達の間で昔のことを口にすることはなくなるだろう――と。
過去が綺麗に昇華されていく。千夏もそれを噛みしめた。
恋い焦がれた男性からの祝福を心から喜べる自分になれたこと、これもまたは『奇跡』かもしれない。
かつての名勝負。今ではオンラインでそこだけ見られる。
「いろいろなことが重なった奇跡だよな」
「うん。課長もそう言っていた」
彼らがあれこれ、選手のエピソードに監督の采配、そして打球を押し戻した風の幸運などの話で盛り上がる。
千夏も心で『そうね。それが奇跡を生んだ』とそっと微笑む……。
結婚は奇跡? それまでの様々なこと、二人の道が交差したとき。互いの目を見て、気持ちを思いやって重なった、ひとつになった。――その時こそ『奇跡』と言っても許される瞬間。
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