奥さんに、片想い
「いただきます!」
空が暗くなり始めた頃、県境の出張に出かけていた孝太郎が無事帰還。
コンサル室で残業をしている千夏を迎えに来てくれたので、他のコンサル員達の冷やかしをもらいながら、二人そろって退出。予定通り、焼肉店へ。
テーブルには既に肉を並べている沢山の皿、ジュウジュウと音を立てる鉄板。二人で向かい合って、微笑み合いながら会話をする。
「はあ、遠かったよう。県境の営業所。いっとき、携帯電話のアンテナも表示されない道があってさあ」
「でも営業所はわりと街中なんでしょう?」
「うん。行く道はすごい田舎道にも遭遇するんだけれど、それを抜けたら市街だからね。それにあそこは田舎都市だけど、土地持ち山持ちとかの先祖代々大金持ちの顧客が多い地域だから、馬鹿に出来ないんだ。金の動きが大きいから、システムもきちんとしておかないと」
遠くまでご苦労様――と、千夏も笑った。
相変わらず、千夏の熊君は見事なまでの大食らい。
重なっていく肉の銀皿はほとんどは彼が食べたもの。
車の運転をするので彼は自宅までビールはお預けなので、ひたすら食べていた。その代わり、千夏はジョッキのビールを少しずつ味わいながら、肉もゆったり少しずつ食べる。
「もう、本当に千夏さんは食べないな」
目の前の孝太郎が急に不服そうに拗ねた顔になる。
「え、いいよ。コタローが沢山食べなさいよ。身体も大きいし外回りが多いし、今から残暑も厳しいからスタミナつけておかないと」
私に遠慮するなと沢山食べさせてあげようと思ったのに――。
「いや、千夏さんこそ沢山食べた方がいい」
鉄板に焼けた肉を、片っ端に千夏の銘々皿にのっけられ、あっという間に肉盛りが出来てしまいびっくり。
「いいってばっ。コタローが食べなよ」
しかも嫌いなレバーまで入れられているっ。
だが孝太郎が、またあのシビアな時に見せる怖い顔で千夏を見ているのでどきっと固まる。
年下だけど、普段はやっぱり千夏が姉御になってしまうんだけど。この顔をされると千夏は大人しくなってしまう。怖い顔。