奥さんに、片想い
イニング5(後半) [完]
堀端の木陰はとても涼しいが、シャワシャワと蝉の合唱が賑やかすぎる。
「千夏さーーーん」
散策道のベンチに座っている千夏は、その声を聞き届け微笑む。そして路面電車がゆっくり走っているお堀の向こうへと手を振った。
真っ白いシャツに水色のネクタイを翻しながら、堀の橋を渡ってこちらに一直線に向かってくる彼。
「よかった、まにあった、今日はここかなって、おもって、いそいで、きたっ」
息を切らして汗びっしょりの彼に、バッグの中から冷蔵庫で冷やしておいた『おしぼり』を出してあげる。
「来るかもしれない、と思って。汗びっしょりじゃない。相変わらずね」
「わ、有り難う。千夏さん」
受け取るとそれで嬉しそうに顔を拭いて首元の汗をぬぐって――。木漏れ日を見上げながら、千夏は微笑む。
「ほんと、千夏さんって良い奥さんになるよ。俺、すっげー嬉しい」
この季節だから用意していただけなのだけれど、でも孝太郎はそんな女性らしい気遣いに触れるととっても感激してしまうらしい。
あんまり大げさに喜ぶので、千夏はちょっと照れくさい。
でもやっぱり幸せだった。
彼の手には、また大量に購入したランチ。
「早く食べないと、昼休み終わるわよ」
「あ、俺。いま外回りから帰ったばかりだから、ちょっとゆっくり出来るんだ」
『それなら良かった』と、千夏も微笑み返す。
既に食事を終えている千夏の隣に、大柄な彼が座る。
「いただきまーす」
美味しそうになんでも食べる彼が、にこにこ至福の笑顔になるのを見つめているのも好きだった。
緑の木陰、晩夏の蝉の音の中、今は二人で肩を並べて座っている。
ちょっと前のことを思うと考えられないことだったのに――。
――これも奇跡なのかな。