奥さんに、片想い

「ここですよ、ここ。なにこれ。前回の応対内容のメモ、たったこれだけなんですよ。前に何を話したかお客様から聞かれたら、全然分からないじゃないですか」
 あー、彼女が言いそうなことだなあと僕はモニターを見て密かに唸った。データーの書き残し方を見るに『個人差』が出ているだけで、問題はない正常なデーターだと判断できた。それでもいちゃもんを付けてきたその訳が、僕と愛ちゃんが気になってということなのだろうか?
「簡潔に分かりやすくまとめているだけだと思うけどな」
「簡潔すぎますよ! 『問題く継続契約更新済み、今期契約期間了承済み。問い合わせなし』てなんですか。本当になにもなかったのか、問題なしでも気持ちよく契約更新してくれたのかどうか分からないじゃないですか」
 屁理屈だなあと思いながら、どうして彼女がこうなっているかを僕は密かに知っていた。のだが、密かどころか彼女から言ってくれる。
「あーあ。高原さんは良いなあ。結婚して辞めて、大手企業社員の彼氏の東京転勤についていって。それで係長に特別にお祝いなんかもらっちゃって……!」
 言いたくないが。特にこの彼女には言いたくないが。それでも今日、僕は心を決めて彼女に言った。
「嫁さんの後輩でもあったからね。彼女、毎年の年賀状にも必ず奥さん宛のメッセージも添えてくれていたし」
「ふうん。係長の奥さんの気持ちだったんだ」
 『まあね』と答えると、彼女が腕を組んで黙ってしまう。
「分かりました。ちゃんとやりますから。あーあ、私、アウトバウンド大嫌い」
 不満そうに吐き捨てながらも彼女はヘッドホンを頭に装着し、お客様応対に戻っていく。
 アウトバウンドは、こちらから顧客に電話連絡をする業務。僕の会社では、契約後のアフターサービス的な問い合わせや、契約内容について変更はないかなど定期的に尋ねる連絡をしている。それとは別に、契約内容の販促つまりセールスをすることもあるので、会社の名を言えばすぐさま電話を切られることもある。なので女の子達はお客から目的を持ってコンタクトをしてくれるインバウンドよりも嫌がっていた。
 それでも業務に戻れば、彼女はハキハキとした物言いで顧客との対話をスムーズに進め、テキパキと件数をこなしてくれる。
 まあ、ハキハキ、テキパキは、彼女らしいとも言えた。特に『ハキハキ』。なんと言っても彼女は、美佳子を『寝取った女』とハッキリと言い放つことが出来た程なのだから。

 
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