奥さんに、片想い
いつものように休憩室へ行くと、おばちゃんがやってきた。
「徹平君もいま休憩なの」
「田窪さんも、今から?」
いつかここで僕の汚れたシャツを拭いてくれたおばちゃん、田窪さん。子供が大学進学で家を出て行ったのを機に、社員としてフルタイム勤務へと移行。すっかりベテランでどの女の子からも一目置かれていた。
その田窪さんが、誰も伴わずに僕のところへとやってくる。
「てっちゃん。愛ちゃんにお祝いあげていたでしょ」
「え、ええ。まずかったですかね。人目を避けて渡したつもりだったんですけど」
「まずくはないけど、彼女『落合さん』にだけは見られたくなかったわねえ」
ああ、やっぱりそこですか。と、僕は項垂れた。
「目ざとくてびっくりしているんですよ、僕だって。まるで休憩室まで追いかけてこられたみたいで」
「さすがのあの子も平気じゃないんだね。てっちゃんのこと、かなり意識しているよ。嘘をでっち上げて追いつめた女の旦那だし、いまじゃ上司。それに沖田君が貴方を殴ったばかりにこの会社追い出されるようにして異動して二人は別れて。それからご縁なしで彼女もいつの間にか三十路。あの頃の美佳子ちゃんぐらいの年齢になって。後から入って来た愛ちゃんが学歴ひとつでストレートにコンサル業務に配属されて、めでたく寿退社。絵に描いたような女性の王道をいけた愛ちゃんに対して、落合さんは事務室からやっとコンサルに配属になって今は彼氏ナシ。そんな順風満帆な愛ちゃんが、落合さんの敵だった美佳子ちゃんやその旦那さんと仲良しなのも気に食わないし、気になって仕方がないんでしょう」
ああ、やだやだと僕は震えながら首を振った。でもこんなこと、多かれ少なかれ日常茶飯事。女性ばかりのフロアは花園のようでも、女の情念渦巻く大奥御殿みたいなもの。いつだって誰かと誰かがいがみ合い僻みあって彼女達も女のバトルを乗り越えながら職務を遂行している。落合さんの感情だけが特別に歪んでいるということでもない。ただちょっと露骨なだけで……。
「愛ちゃんが無事に退職出来るまで、気を付けた方がいいよ」
「勿論です。気を付けておきます」
おばちゃん田窪さんからのミニ情報はいつも僕を助けてくれる。
僕の身の回りを案じてくれるアドバイスをしてくれるだけでなく、その『落合さん』についてさらに一言。
「彼女も人のこと言えないみたいよー。営業に新しく配属されてきた年下の男性にアプローチしているってさあ」
『ええ』と僕は目を点にする。