奥さんに、片想い
「それってあれってそれですよねっ」
言いたいことを明確に言えずにこんな言葉しかでてこなかったのだ。『それ』って――『彼女が年下の営業マンを狙っている』ことは、『あれ』――『うちの奥さんがはまった落とし穴』に、『それなんですよね』――『バカにした本人の落合さんも同じことをしようとしているってことなんですよね?』と聞きたい! だけれど僕は美佳子が年下の彼に一時でも熱をあげて夢中になり弄ばれたことをどうしても口に出来ずにいた。そんな僕の慌て振りを田窪さんが笑った。
「ま、そういうことよ」
そして田窪さんも曖昧に流してくれたが、がっちりと意思疎通で僕が言いたいこと聞きたいことを分かってくれたようだった。
「そんな。おかしいでしょ。どう考えても。あんなに人のことバカにして貶めておいて」
「そういう子なんでしょ。自分は魅力がある三十歳で他の三十歳の女とは違うから大丈夫とか思っているんじゃないの」
呆れたおばちゃんの溜め息に、僕もちょっと沸騰した胸の内を宥めるようにして一息ついた。
いやあ、すごい。そりゃあ、美佳子も敵わなかったわけだ――と、僕は思った。彼女の自信は今も全速前進中ということらしい?
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「お願いです、佐川係長。落合さんは係長には負い目があると思うんですよ。なんとか遠回しに言ってくれませんか」
この時。僕の頭の中には『歴史は繰り返す』とか『三十路女が通る道』という言葉が浮かび上がっていた。
女の子達が帰り、管理をしている男性メンバーだけがフロアでデーターをまとめている残業時。田窪さんが教えてくれた『営業の狙われている彼』が何故か僕の目の前にいた。
インバウンドの着信音もしないデスクが並み居る中、一番端の角が僕専用のコール&データーデスク。そこで電話をしたりデーター入力をしたりしている。そんな端っこでぽつんと一人で夜の業務に勤しんでいると、その静けさと人目の無さを狙ったかのようにしてスーツ姿の彼がこっそりとやってきたのだ。