奥さんに、片想い

「それがね。彼と一緒に行った港の回転寿司屋で、ばったり一階の事務の人たちと会っちゃったこともあってね」
「なるほど。それで二人は付きあっていると。年の差、年上女恋愛とうわっと広まっちゃったんだ」
「そんなことはどーでもいいのよ。だって勝手に勘違いした方が勝手なこと言いふらしているだけで、私はなーんにも教えていないし教える必要もないし、隠すようなこともしてないし」
「隠すようなこと?」
 だいたい何を言いたいのか僕はかわかっていた。その上で、女の子がオブラートに包んだ中身を僕が剥がすのではなく、包んだ女の子から剥がしてもらおうとする。男から暴くのは失礼かと思って……。だけれど彼女も一度はオブラートに包んだから、もう慎ましやかにしなくてもいいだろうとはっきりさせてくれた。
「彼とはドライブをしただけで、エッチなんてしていないし……」
 『はあ。そうなの』――素っ気なく応えながらも、僕の心が晴れやかになっていく。この急激に盛り上がるテンションは何? ああそうか。彼女が若い男といちゃいちゃしていなかったとわかって僕は嬉しいのか。そっか良かった良かった。なんて……。
「彼、最初から私をただの餌にしか思っていなかったとわかったから。きっとエッチをしたらポイだったと思う」
「聞いた話では、同じ歳ぐらいの彼女が彼に出来て、安永さんは捨てられたと思われているけど」
「うー、わかってる~。そう思われているだろうということも、毎日、肌で感じているっ」
 ハンカチを握りしめ、また悔しそうに力んだ顔。
「いったいどういうことなんだよ?」
「ねえ、佐川君。年上と年下が喧嘩したらどうすればいいと思う? それともどうすることが多いと思う?」
 聞かれて僕も考える。思い浮かんだのは『人によると思う』。そのまま彼女に言った。
「だよね。佐川君はそう言うと思った」
 彼女ががっかりしている。それを見て、僕は……職場で女性の宥め役であることを忘れ、一歩踏み込んでみた。
「人によると思うけど。そうだなあ。安永さんだったら、自分が反論するのは『大人げない』と思って彼の好きなように言わせておく。嵐が過ぎるのを待つ。いま、その段階ってこと?」
 今まで僕が見てきた彼女は、そんな女性。だから全てが事実と確定しない『噂』で終わっているのだと――。僕の主観かもしれないけど、これが僕が好きな彼女だった。
 だけど彼女は目を見開いて唖然とした顔で僕を見ていた。潤んでいた黒い目も乾いてしまっていた。
 そして、僕の見解はズバリ合っていたようだった。

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