奥さんに、片想い
シーズン4 【 木婚式 】 後編 

コルセンは魔女を生む


 さて、どうしようか。僕の気持ちは鬱々としていた。
 困っていた青年の為に、落合さんに『僕の妻を非難していたけど、君も同じ事をしている』と言うべきか言わぬべきか。
 いや、答は決まっていた。『こんな職場で言うことじゃないだろう』と。美佳子が必死に口を閉ざし、用意された土俵にあがるまいと耐えていたように。
 それでもそろそろ約束の一週間。彼に断るとしても、なにかしら彼にとって安心できるような代替え案ぐらいは考えておきたいところ。しかしなんにも思い浮かばない……。

「もっとしっかりやってよね!」

 専用デスクで唸っていると、一室に響き渡る誰かの声に僕は我に返る。すぐさま立ち上がり、パーテーションで区切られているコールデスク群を見渡した。
 ずっと向こう。落合さんの怒った顔が見えた。近頃、機嫌が悪いと女の子達が囁いていただけに、ああついに爆発したかと僕は額を抱える。
 彼女が誰に対してぶち切れているのか。駆けつけてみて、僕の足が一瞬止まる。落合さんが怒鳴って睨んでいるのは、あの愛ちゃん。あまりにも分かりやすい構図に、逆に予想外な展開を突きつけられてる気分に。
「どうしたんだ。なにがあったんだよ」
 ひとまず現場監督である僕が尋ねると、周りの女の子達がとても困った顔をしている。そんな中、立ちはだかっている落合さんがいつもの気強さで言い放った。
「彼女が応対したお客様から電話があって、高原さんに頼んだのにちっとも連絡がないということで、逆に私が散々怒鳴られたんですよ。ものすごく、ひたすら怒鳴られて謝ったんですよ」
 彼女がいちいち愛ちゃんに突っかかるその心理状態など、このコンサル室の誰もが知るところ。小さなことを大袈裟にして騒いで、自分が定めた相手がどれだけ悪いかを主張して自分の正義を訴える――。今の彼女はそんな人と誰もが思っている。僕だって……。
 しかしそんな係長の心情を敏感に察したのか、彼女から先手を打ってきた。
「だって係長、みてくださいよこれ!」
 なんの躊躇いもなく、落合さんは愛ちゃんのデスクへと飛びつき、マウスを操作。愛ちゃんデスクのモニターに件の顧客ファイルを開いて見せた。
 念のため、僕も眺める。そのファイルの片隅にあるフリーメモ欄。そこに確かに確かに、落合さんが言ったとおり、愛ちゃんの落ち度となる応対メモが残されていた。

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