奥さんに、片想い
僕は俯いて立っている愛ちゃんを見下ろした。
「高原さん、これには連絡するはずの日付が残されているけど」
「はい、その……」
明らかに愛ちゃんの落ち度だった。これもまあ、あってはいけないが、沢山の顧客を相手にしていると誰でも一度や二度はやってしまうミス、『約束忘れ』。約束してから数日が経ってしまうため、きちんと本人が覚えておくか、自分で自信がないなら上司に報告して管理してもらうかをしないと今回のようにすっぽり忘れてしまうこともままあること。愛ちゃんほどの手際をみせるようになると、彼女がカレンダーにメモをして応対するようになる。……はずだったのだが、愛ちゃんも今回はすっかり忘れてしまっていたようだった。
「高原さんと約束した時間から二時間も待っていたそうですよ。身動きも出来ず、無駄な時間を過ごしたと大変ご立腹で。私が延々と愚痴とか説教を二十分ほど、聞かされたんだから」
「それで。そのお客様は納得してくれたのか」
哀しい性で。僕の咄嗟の心配はそこに向かう。現場のいざこざよりもお客様。いちオペレーターで収まらなければ、監督の僕か室長の課長が直にお詫びの連絡をしなくてはならないから。
「納得して頂けました。その代わり、明日のこの時間に私でも高原さんでもなく『上の人から連絡をして欲しい』とのことです。今日はもう用事があってでかけるからじっくり話せないそうです」
落合さんが差し出したメモを、『わかった。僕が連絡する』と受け取った。
「あの、係長。申し訳ありませんでした」
神妙に深々と頭を下げて詫びる愛ちゃん。
「迂闊だったね。以後気を付けて」
彼女達が失敗した時、いつも呟く一言。それも『僕は怒っている、失望している』と渋い顔を見せて。彼女達に小さなことでも反省してもらうために、そうしている。そこで反省してくれたならそれでいい。
それにしても。最後の最後、愛ちゃんでも気が緩んでしまっていたのだろうか。珍しいことだった。
さて。もういいだろう? 明日、この顧客とどのように対話するか考えておかねばとメモ片手に僕のデスクに戻ろうとすると、周りの女の子達がホッとした笑顔を揃えていた。僕がそれで済ませたからだろう。というか、いつもこうして済ませている。余程のことでなければ。
「あーあ、やっぱり係長は高原さんに甘いんですね」
事は収まり張りつめていた空気も穏やかに緩んだというのに。また女の子達の顔が一気に凍り付いたのを僕は見た。