奥さんに、片想い
「謝ってよ。係長に謝ってよ!! 美佳子さんにも謝って!! 貴女が恨んでいる事って、全部貴女が自分でしていることじゃない。人を平気で殴るような乱暴者を好きだったのは貴女でしょ、恋人の貴女を差し置いて美佳子さんにふらついて軽い気持ちで弄ぶような男を好きだったのも貴女でしょ! 沖田さんはそんな男だっただけじゃない。そんな男に騙されていたのに勘違いして怒り出したのも貴女が勝手にやったことだし、彼氏が係長を殴った後見切りを付けて別れたのも貴女じゃない。その程度の男だったんでしょ。なのに如何にも佐川さんと美佳子さんに人生を傷つけられたみたいに言わないでよ。自分の尺度だけでなんでもかんでも怒って人のせいばっかりで『私、幸せになれない』なんて、バカじゃないの!!」
トラブルに巻き込まれないよう何事もそつなくこなしてきただろう愛ちゃんからは、想像も出来ない剣幕。周りの女の子達も僕でさえも唖然とする。しかしここで負ける女、落合ではない。
「高原さんが謝ってよ! こっちは真っ当な仕事のことであんたに文句を言っているのに。それを素直に私に詫びないからこうなるんじゃない!」
「貴女に迷惑をかけたことは謝ります。でも、仕事とは関係ない職場の裏側を武器にして人を責めること、しかもいつも私達を一生懸命フォローしてくれる係長を傷つけることを言うのは許せない! 係長に謝って!!」
『傷つけないで』なんて。愛ちゃんの気持ちは嬉しいが、僕はここでも嫌な気持ちになった。この会社の誰もが僕のことを『恋に敗れた女が逃げ道に選んだ男。そのおかげで結婚できた男』と思っている証拠。だから『それに触れると気にする、傷つく』と思っていたんだと、なんとなく判っていたが僕がどのように見られていたかを再認識してしまう。
『ちょっと、二人とももうやめなよ』『そうよ』
愛ちゃんと落合さんが言い合う間に、周りの女の子達が割ってはいる。オペレーターの彼女達が席を離れて着信を放置するなんてあってはならないこと。そこらじゅうでピーピーと着信音が鳴り響く。
「もう、他の子は席に戻りなさい」
女の子達がもつれ合うなか、田窪さんが割って入ってきた。
「それに、落合さん。まず貴女が佐川君に謝りなさい」
一目置かれているコンサルのお母ちゃんに諭され、流石の落合さんも勢いを緩めた。