奥さんに、片想い

「ここで話すことではないでしょ。愛ちゃんとのことはともかく。佐川君と奥さんの結婚のことはなんにも関係ないでしょ。もしそう思っていても、ここでは絶対に口にすべきことではないわよ。謝りなさい!!」
 放心状態の僕に代わってか。堪忍袋の緒が切れたかのようにして、田窪さんが猛烈に怒っていた。
 しかしそんな中、スッと静かな声が流れ込んできた。
「落合さん、人のこといえないでしょ。貴女だって営業の崎坂君に浮かれまくっているじゃないの」
 どこからともなくそんな女の子の声。またそこにいる誰もがその声へと振り向いた。
 そこには同じコンサル室の、愛ちゃんと同期である女の子が立っていた。
 いつも長い黒髪を綺麗にひとつにまとめている眼鏡の彼女が、冷たい目で落合さんを射抜く。
「私から崎坂君を盗らないでよね。彼と私つきあっているから」
 『ええ、うっそ!』なんて声が響く。僕も仰天した。そうか、だから崎坂君は『彼女の写真なんかみせたくない=同じコンサル室に彼女がいるだんなて知れたら彼女が落合さんにいじめられる』と思って言えなかったのだと今になって理解。
 でもまた、そこらじゅうで女の子達が湧いた。それでも眼鏡の彼女は表情を変えずに付け加えた。
「私も言わせて。落合さんも『あの頃の美佳子さんと同じ三十歳』ですよね。いい歳の大人の女性なんだからよーく考えてくださいよ。それに落合さんの元カレは、貴女と美佳子さんを『フタマタ』しようとした最低の男だけど、崎坂君は貴女に誘われてもそんな気はちっとも起きない男性だから、彼が浮気して貴女が良い思いが出来るチャンスなんてどこにもありませんから。だからもう、あんなバカみたいに頑張らないで諦めてください。彼は私の彼氏なの。貴女がいつか怒ったように『年上女のくせに本気にならないで』くださいね」
 いつも目立たなくて淡々としている冷めたふうの彼女が言うと、とてつもなく鋭い言葉に聞こえた。
「知らない顔でやり過ごしていこうと思っていましたが、私ももう落合さんには我慢できません。落合さん、佐川係長に謝ってください」
 騒いで言葉で殴りまくるのが落合さんなら、こちらは静かに言葉の刀を振り落しバッサリ切ってやったといったところ?

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