奥さんに、片想い

  ―◆・◆・◆・◆・◆―

 僕と美佳子は同期入社。入社して十数年になる。三年前から『顧客コンサルティングサービス』という部署で業務を共にしている。主に女性達が電話接客にて顧客と相談したり声を聞いたりすることが多く、課長と僕がそれを管理しているという形。
 僕は課長補佐の主任。つまり顧客と接客する彼女達の面倒を課長の代わりに見る。すると彼女達が困った時に、手助けをする機会が多く、さらに女性特有の諍いを察知して業務に支障がないように運ばなくてはならないので、おのずと『宥め役』になってしまうのだった。

 彼女達の愚痴聞きも多い。彼女達が顧客に叱りとばされていたら、僕が交代して代わりに叱られる。そうして彼女達を援護する。それが僕の役目でもあった。
 故に。僕はいわゆる『いい人』と言われるようになる。
 なので彼女達から頼られることは良くあること、でもそれは単に僕の仕事であるだけ。だからといってそれが出来て優秀かと言えばそうでもない。ただただ単にそこにいて、目の前に現れたことをこなして回転させていくしか能がない男だと自覚している。人と争うことが好きではない、だからってやられるのも嫌だ。ひたすら回避して火の粉が飛んでこないよう、必死に身をかわしてきた方だと思う。
 なので女性達がどのようなことで怒ったり泣いたり、どんなことで男達にとばっちりがやってきそうかもなんとなくわかるようになってしまう。
 怒っている彼女達を、泣いている彼女達を、僕はひたすら宥め慰め労り、職務のレールにもどす。それを課長が望んでいることも良く分かっているつもりだった。
 だから女性達は言う『佐川さんはいい人』。でもだからってうだつが上がらない僕を恋人にしようだなんて女性はいない。そう、彼女達もよくわかっている。『彼は私達の慰め役でしかないのだ』と。
 女性の『割り切り』て、すごいなと思う。
 僕の慰めが『仕事に戻って欲しいから、円満にやってほしいから慰めてくれている』とわかっていても、それでも『よくやっているよ』『それは貴女が腹立つのも無理ないよね。うん、わかるよ』『辛いよね。そんなに我慢しなくて良いよ』『頑張ったよ』『貴女なしでは課長も困るよ』という言葉がなければ、立ち直れない時もあるから必要としている。でもそれはオフィスという箱の中だけで、彼女達も本当はわかっている。『佐川は私達を心から慰めていない』と。それでも『私達が泣いている時、怒りを鎮めたい時は、彼の言葉が必要なんだ』と――きっぱり割り切れる。
 だから『いい人』で終わる。そこに僕が男である意義は、彼女達にとってどこにもない。

< 4 / 147 >

この作品をシェア

pagetop