奥さんに、片想い
「当時、彼女はまだ若かったし。女は好きな男を信じたいのよ。男が悪くても、相手の女を攻撃してしまうものなのよ。だから、あの時は美佳子ちゃんが一番憎かったのよ」
そして僕は、頷きもしなかった。既に僕の本心を察してくれていた田窪さんとだって、いつまでもこの話はぼかしておきたかった。僕自身も誰にも垣間見せたくない隠し持っていたい。今でもその意地が僕を黙らせている。
でも。それすらも分かってくれたのか田窪さんは僕の反応など無視して続けた。
「彼女ももうこれ以上言うことはないって。あそこまでやってしまったこと後悔していたし、自分でもどうしようもなくて、自分で自分がすごく嫌だったんだって。長い間、彼女も悪者扱いで辛い思いしてきたんだろうね。本当はあんな子になるはずなかったのかも。もちろんね、あの子の気の持ちようが悪かったんだけど」
「大丈夫ですよ。いままで通りに、コンサルの戦力として精進してもらいたいし。僕もいままで通り。無碍にするつもりはありませんから」
田窪さんのホッとした顔。だけれど、そんな田窪さんが躊躇いながら、そして僕の目を見ず窓の外へと視線を逃していった。
「てっちゃんもだよ。わかっているよね。美佳子ちゃんのこと、今まで通り信じてあげてよね」
僕は。答えなかった。
ひたすら溜め息をついてミーティング室からコンサル室へ戻る途中。
「佐川係長、元気出してくださいね」
「係長、気にしないでくださいね」
通りがかりの給湯室で、中休みにはいる為のお茶を煎れている女の子達に呼び止められた。
「うん、大丈夫だから」
笑うと、彼女達がほっとしたように微笑み返してくれる。
ささやかだけれどそんな彼女達の有り難い励まし――だけだと思っていたのだが。
「落合さんはあんなこと言うけど。美佳子先輩、係長と結婚が決まった時、とっても幸せそうでしたよ。ね」
「そうですよ。確かにそのすぐ前に嫌な事があったかもしれませんけど。とても落ち込んでいたのに、すっごく明るくなって」
という励ましも、とても嬉しいが。僕は『ありがとう』と返しつつも心の中では『そりゃ、結婚が決まった女は皆そうなんだろう』などと、随分とひねくれたことを思い浮かべたりしていた。だが彼女達の話はまだ続く。
「なんたって。いつも淡々としている佐川さんが、どんな人かってのろけがねえ」
え? のろけ?