奥さんに、片想い
「そうそう。佐川君は美味しいお店をいっぱい知っていて、何処へでも連れて行ってくれるなんてのろけていたよね。係長は車が大好きでマツダの愛車を大事にしていることも、自分の車を自慢するみたいに話していましたよ」
「でも。佐川さんらしいねて。私達、羨ましかったんですよ」
「係長、女の子の気持ち良く知っていそうだし」
「女の子のツボ、いっぱい知っていそうだから。美佳子さんもそれ知っちゃったから好きになったんだろうねと言っていたんですよ」
「今でも羨ましい!」
「ほんと、私も係長みたいな優しくて落ち着いてる真面目な人に出会いたいなー」
『だから、係長は騙されてなんかいないですよ』と彼女達。
「あ、ありがとう。うん、そうだったんだ。うん、うん」
彼女達の励ましに礼を述べ、僕は歩き出す。歩き出し……。でもその通路の角を曲がり、僕は壁に拳をぶつけ額を付け崩れ落ちそうになる身体を支えた。
そうだったんだ。あの美佳子が。女の子達に、僕のこと……。
いや、僕がバカだった。本当にバカだった。
僕と美佳子の五年の結婚生活。始まりがキッカケが多少疑わしいものだったとしても、五年は確かに二人で日々を重ねてきた揺るぎないものだろう? 美佳子が僕との結婚を苦痛に思っているような素振りなど一度だって見たことはないのに。
理想と違っていた結婚かも知れない。でも今の美佳子は僕のことをあの家で待ってくれているじゃないか。いつも笑って。なのに。
ひとしれず、僕の目に熱いものが僅かに滲んだ。
―◆・◆・◆・◆・◆―
不在だった課長が『コール回線が一時期混雑していたが何事か』とコール回線履歴のデーターから気が付いてしまい、コンサル室での騒ぎが発覚。
数年ぶりに、課長にこってり絞られた。
だが最後に課長が致し方なく呟いてくれた。
「落合がこのコンサルに配属されてきた時から、いつかは、もしかしたら……とは思ってはいたんだ。あの性格だし。でも徹平の方が上手くやってくれると思っていたから」
課長も深い溜め息。それでも『なにがあってもコールを放置するだなんてあってはいけないことだと覚えておくこと』と懇々と説かれ、放免される。
帰る道、車を運転しながら、やっぱり僕はぼうっとしていた。それでも無意識に家に向かっている。美佳子が待っている家に……。