奥さんに、片想い

「女の子達も言っているよ。佐川係長が出世しないのは、この支局が手放さないからだってさー」
「別に良いけど、それでも」
「オバサンから一言」
 田窪さんの顔が、僕に向かってしかめ面になる。
「てっちゃんも、ちょっとのんびりしているかな。他の貪欲な男の子達みたいに『本部に行きたい』とか『そろそろ課長になりたい』とかないの?」
 僕は黙り込む。
「ないわけじゃないけど」
「知らないかもしれないけど。てっちゃん、ローカル地区の顧客を扱わせたら右に出る者いないて言われているみたいだよ。高齢ユーザー担当、わかりやすく丁寧に親切ケアを辛抱強く出来る男ってね」
 はあー、相変わらずどこでそんな情報を得てくるのか。女の情報網をがっちり握っている田窪さんに僕は数年ぶりに感心。
「主任になって本部にもミーティングとか研修とか行くじゃない。その時に、あっちの本部営業部に結城君がいたもんでね。懐かしくて話していたら彼がそういっていたから」
 僕は久しぶりにドキリとした。結城という男性は美佳子と噂になったことがある『本部に出世した先輩』だったから。だけど、今となってはそれだけ。もう僕たちは結婚十年目を迎えた夫妻、ひとつになれたと確かめ合ったことがある夫妻だ。
「結城君が言っていたんだよね。本部の法人専用コンサルに佐川君みたいな男がいると、営業も動きやすいって。あっちのコンサル、ベテラン課長が定年退職した後、人材不足みたいでミスの連発なんだってさあ」
「ふうん、知らなかった」
 周りを気にしない僕の呑気さに、田窪さんがため息をついた。
「そこがてっちゃんの良い所なんだけどね。本部では男もポジション争いでカリカリしているらしいよ。奥さんに八つ当たりして離婚した男もいるとかいないとか」
 いろいろな話、ほんと良く知っているよねーと、僕は感嘆するばかり。
「でも私もいいや。お願い、てっちゃん。このままここにいてね!」
「なんだ、そりゃ」
 最後は僕を拝み倒した田窪さんに呆れ、でも二人で笑い合った。
 僕がいる支局のコンサル室は今日も平和だった。お客のクレームは厳しくても……。
「美佳子ちゃんも復帰したし。夫妻二人で少しずつでも力を合わせればなんとかなるもんよ。それでいいわよ、そちらのご家庭は」
 うん。それでいいです――。本当にそれでいいのかどうかはわからないが、『最低限、そうであれたらいいなあ』と僕も思っている。

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