奥さんに、片想い

 そして僕はきっと。美佳子にとっても『いい人』に違いなかった。
 彼女には入社当時から、いくつかの恋の噂があった。大学時代の彼、慰安旅行をキッカケにつきあい始めた会社の先輩、社外で出会った見知らぬ男、そして、他部署の課長。ちなみに課長は既婚者。いわゆる『不倫』。どれも噂で、どれが本当か嘘かはわかっていない。
 しかし良く聞く話だ。未婚の三十を超えた女性には、『結婚できないわけ』としての噂ももれなくついてくる。特に年齢と共に華ある女性へと変化した彼女には、男の噂も絶えない。
 だけれど『こんな男の人と付きあっているんだって』ぐらいの噂で、誰といつ出会って別れたなんて詳しい噂までは聞いたことはない。
 だが今回の『年下の彼』だけは違った。『課長との不倫』の噂が立ち消えた後、彼女と年下男との噂が流れた。多少歳が離れていることと、相手の男がまだ入社して三年目ということで、『年の差恋愛、しかも女が年上』だと囁かれた。
 それに彼女の笑顔も違った。どこか華やいで、楽しそうで、たまに彼女らしくない『はしゃぐ姿』を目にすることもあった。その『らしくなさ』が噂に拍車をかけた。
 しかしながら。これも良く聞く話で……。その若い彼が一階事務室の若い女の子と付き合っていると『公表』。話題として流れてきた。今度は彼の口から出てきた確かな情報ということで、事実だった。
 それからあからさまに、美佳子が元気をなくしたのだ。それどころかそつなく勤めてきた彼女が、一週間も続けて休んだ。こんなことになれば誰だって『やっぱり営業の彼との三角関係。本当だったんだね』と思い込んでしまう。もし噂が本当だったならば……。営業の若い彼が自ら『同世代の女性と付き合っています』とわざわざ公表したのも、『三十を超えたお局様との噂はこれで消えた』ということだったのかもしれない。オフィスの隅っこにただいるだけの僕にだってそう考えついたぐらいだ。

 そんな彼女が出勤すると、いつもの彼女に戻っていた。それでも周囲はヒソヒソしながら、腫れ物を触るようにして、彼女には妙な笑みだけひたすら見せている。それがまた、僕のいるフロアにぎくしゃくした空気を生んでいた。
 年下の彼と付き合っていたのか、若い女に取られてしまったのか、破局したのか。すべては噂で、本当にそうだったのか、彼女からはなにひとつ認めていない。それでもこうなるとオフィスでは『年下の彼と付き合って、若い女に寝取られ、ショックで会社を一週間も休んだ女』と見なされるのだ。
 気のせいか。暫く、彼女が孤立しているように僕には見えた。

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