奥さんに、片想い

「美佳子、どうしたんだ」
 夕の茜も薄くなり、夜の帳が迫る空が見える部屋。薄暗いままの中、食事の準備もせずに、美佳子がひとりでポツンと座って下を向いたまま。すすり泣いている。
「梨佳は」
「エレクトーン」
「そっか。それで美佳子は……」
 尋ねても、彼女はなにも答えなかった。
 じゃあ。後で聞くとして今はそっとしておくしかないかな。僕だって今までの日常では見られなかった妻の落胆を目にしてしまったら『なにがあったのか』と心が騒ぐ。それでもここで無理に問いつめてもと思い、ひとまず着替えようと背を向けたのだが。
「……てもいい? 徹平君」
 涙声でなにかを聞かれ、僕は振り返る。
「なに、美佳子」
「ごめん、パパ。もう仕事、辞めてもいいかな」
 驚き、僕は目を見開いた。
「どうした。なにかあったのか」
 研修が終わり、順調なオペレーター業務へと復帰していた。周りから聞こえてくる妻の評判も上々で夫として鼻が高かった。なによりも、美佳子がとても充実した日を送って生き生きしていたのに。
「もうだめなの。ほんとうにごめんね。駄目な妻で……」
 そんな。ここで辞めてしまったらせっかくの就職だったのに無駄にしてしまうことになる。だから何があったか判らず納得できない僕も『いいよ』とは言えなかった。
「なにがあったんだ。それを教えてくれないと」
「ごめん。私が駄目なの。本当に駄目な女なの……!」
 『それでは僕だって納得できないよ』、『本当に駄目なの。許して』。
 その繰り返しだった。埒が明かず僕はこれが最後と決めて聞いてみる。
「美佳子。そんなに頑張れなくなったのかよ」
「頑張れない」
 もう一度聞く。
「甘えた主婦だと言われても良いのか」

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