奥さんに、片想い

「知っていて。美佳子を本部のコルセンへと望まれたのですか」
「せっかくのチャンスだったし。美佳子ちゃんの再就職には好条件だったから、良かれと思って黙っていた。二人に色々あったのは昔の話だし何もなければ、そのままでいけると思った」
 身体の中の血管がぐわっと開き、僕の中の血液が煮えたぎったのが判った。課長に対しての怒りじゃない。その男の名を聞いて想像できたことに一瞬で怒りに火がついたのだ。
「そのお気遣いは感謝致します。確かに昔のこと。大人になったのですからそれを水に流して今ある業務に邁進すべきでしょう。ですが美佳子はそれが出来なかった……。それは何故か。美佳子が辞めた時、どうして僕に沖田君が同じオフィスにいたことを教えてくださらなかったのですか」
 何があったのですか! 叫びたいが、僕は課長にそんなことをしたくなかったからぐっと堪えた。
 だが、課長も長年の付き合い。僕の夫としての気持ちを汲んでくれる。
「沖田にあらぬ噂を流されていたようだよ」
「……どのような」
「この支局では『なかった』と言い張っていたことを、今度は『あったんだ』と言っているようだ……」
 気遣って遠回しに課長は言ってくれたが、僕にはすぐになんのことか判った。
 こんなこと。気心知れた田窪さんならともかく――。こんな、恩師の課長とも話さなくてはならないだなんて。
「他にご存じですか」
「いや。二人が昔は深い仲だったという噂が流れたとしか。だがそうなったらどうなるかは、『女の園』を見てきた俺も徹平もすぐにわかるよな?」
 判る、判りすぎるほど判る。女特有の非難や妬みがそれをキッカケに美佳子を真ん中にして吹き荒れる様が目に浮かぶ。
 僕の拳が真っ赤になる。握りすぎて燃えているようだった。ここに沖田がいたら、今度は僕が殴りかかっていたかも知れない。

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