奥さんに、片想い
「やっぱり……。そうよね」
だが。妻の顔はそこで急にほっとしたように緩んだのだ。勿論、安心した笑顔ではない。本当のことが分かって、分からなかった時より肩の荷が降りたといったような解放された顔だった。
「でも僕の迷惑になるようなことはなにも起きなかったよ」
「それなら、いいのだけれど」
ホッとしつつも、やはり『続かなかった主婦』と言われている事実を重く受け止めている神妙な顔の妻。
「それどころか……」
どうしよう。まだ迷っている。だけど、いつかは言わねばならない。
「本部の法人コンサル室の課長候補になっているらしいよ、僕」
だから、僕にマイナスになっていることなどないよ――という意味も込めて、妻に告げた。
「それ、本当?」
「ああ、本当だよ。今日、課長から内々に話をもらった。まだ候補だけど、僕以外に候補になりそうな人間がいまのところいないみたいだから、ほぼ決定で内示がでるだろうって」
僕たち夫妻にとっては、間違いなく喜ばしい話――の、はず。
でも今の妻は? 喜んでくれるのか、喜ばないのか。
心の中のざわめくものを必死に抑え、僕は密かに妻を伺う。
「お、おめでとう……」
やはり。美佳子の顔が瞬時に青ざめていく。思った通りだった。でも彼女が精一杯の笑顔を僕に見せる。
「いつかこうなるって思っていたのよ。だって、徹平君は本当に一生懸命、誠心誠意、仕事に取り組んでいたもの」
「やるべきことやっていただけだよ」
「徹平君のそこがすごいのよ。当たり前のようで、それが出来ている人って少ないと思う。すぐに不満を言ったり、なにかのせいにしてやろうとしなかったり。誰かになすりつけて逃げてやらなかったり。そんな人ばかり。ただひたすら不満も言わず、何かに転嫁せず、まるで『損している』と言われるようなことも、それが格好悪く見えてしまいそうなことでも徹平君はちゃんと真っ正面から取り組んでいたもの」
なんだか。僕の目が熱くなり始める。
誰も僕のことなど。『男』だなんて思ってくれていなかっただろう。目立たなくて平凡で女の子達は僕の目の前を通り過ぎていくばかり、そんな青年だった。そんな中、同期生だった彼女がコンサルに配属されて僕はいつの間にか『美佳子さん』を好きになっていた。だけど、諦めていた。僕は絶対に彼女が望むような男じゃなかったから。