奥さんに、片想い

 結婚してからも僕は『本当に夫として相応しいのか』といつも思ってきた。結婚前、華やかな社交性でキラキラしていた彼女は、いつだって『イケメン』と言われる魅力的な男性の存在が側にちらついていた。そして彼女だって、そんな男性を見て女性としての夢を膨らませていたはず。なのにそんな華やかな世界で傷ついて、そして僕の腕の中に飛び込んできた。夢敗れて選んだ結婚。理想じゃない結婚。ずっと昇進しない男の妻。そんな男を選んだのだって……。
「絶対に、徹平君はコンサルのプロになるって思っていたの。ほら、やっぱりチャンスがやってきたわ」
 でも彼女は。僕のそんな少ししか持っていない力がいつか大きくなるとずっと信じてくれていた? それを結婚十年目にして初めて知り、僕の胸が熱くなる。とてつもない感激が襲ってくる……! だが美佳子がそこでまた、大きな瞳から涙をぼろっとこぼした。
「なのに……。私はまた、貴方のチャンスに大きなリスクを負わせてしまうのね」
 本部に行くことは、あの沖田と仕事をすることを意味する。それを美佳子もすぐさま思い浮かべたのだろう。
「美佳子、僕は……」
 『大丈夫だよ』と言って見せようとしたら、その前に美佳子が泣き崩れ、ぺたりと床にへたれこんでしまった。
 そして許しを請うように僕の足にすがってきた。
「私、本当に貴方の疫病神だわ。本当に、あんな男に関わったばかりに……。あの男、徹平君が本部のコンサル室に行ったら、絶対になにか仕掛けてくると思うの。彼、私達のこと酷く妬んでいる。だって、私が本部のコルセンを辞めるって言いだしたのも……」
「知っている。今日、課長から聞いた」
 沖田と寝た関係だという噂を流された――なんて、美佳子の口からは絶対に聞きたくなかったから、僕から言った。やはり彼女が涙の顔で一瞬驚き、またボロボロと涙をこぼし僕にしがみついてくる。
「黙っていても知られると思ったんだけど……」
「そんな噂、聞き流せば良かったじゃないか。前みたいに」
「そうしようと思ったの。でも、出来なかった。今度は絶対にあんな男と深い関係だったなんて少しでも思われたくなかったの! 誰が想像しても私を抱く男で思い浮かべて欲しいのは徹平君じゃなきゃ駄目なの!」
 そして美佳子は、そのまま僕の足にしがみついて、ずっと声を殺してすすり泣いている。

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