奥さんに、片想い
「どうして知っているの?」
「本部ではもう噂になっていますよ。特に営業では、佐川係長が来ることを待ち望んでいるようです」
「本部ではもうそうなっているの!?」
支局との情報公開の差に僕は唖然とする。
「それだけ、法人コンサルが荒れているということですよ。私も佐川さんが適任だと思っています。ですけどね……」
その時、大人の女性と変貌したはずの彼女の目が、いつかの魔女のように鋭く僕へと光った。
「あの沖田が」
「やっぱり、彼がなにか?」
いったい本部では何があったのか、起きているのか。怖い顔をした彼女が教えてくれる。
「あの男、相変わらずの調子良さで上手く営業本部まで行き着いたけれど、根本は変わっていないので時々人間関係でトラブルを起こすそうです。それを暫くは営業本部を目指す為に上手くやってきたみたいだけれど、本部でのポジション争いの為にまた荒っぽいことやったみたいで。そのせいで、奥さんに八つ当たりして昨年離婚しているぐらいです」
「あ、それ田窪さんがそんなことを言っていたけど、彼のことだったのか……」
「沖田の話題のことは、田窪さんも係長の前では名前を出して言えなかったんでしょうね。そんなことが重なって大口顧客の担当争いから脱落したそうです。そこへ美佳子さんが来て、ご主人も奥様も幸せそうだったから腹いせに美佳子さんを貶めたんですよ」
そうだったのか……。僕の目に、僕に殴りかかってきた彼の燃える目が蘇る。もうずっと会っていないのに、恐ろしいほど側に感じる強い結びつきにゾッとする。
「失礼ですが。奥様の足の指に黒子とかあります?」
は? 話が唐突に切り替わり、僕は呆気にとられた顔で彼女を見てしまう。だが彼女も言いにくそうに僕から目を逸らしたのだが。
「あの男、当時、美佳子さんと交わした会話の一部始終を喋りまくって美佳子さんが駆け引きで沖田を誘ったことなんかも『年上の色気で俺をくわえこもうとしていた』とかなんとか、赤裸々に暴露していたみたいです。それだけじゃありません。必死に否定する奥様に対して、ロジスティックコルセンの若い女の子達に『小指の裏側、内側に小さな黒子があって、そこを舐めるとよく感じてくれた』とか言ったらしいですよ。女の子達もふざけて、沖田が何を言ったかも知らない美佳子さんを裸足にさせて確かめて、それで『寝た証拠』とされたようです。もう美佳子さんの弁明はそれ以後は『みっともない』と見なされたようで……」
「なんだって……?」
聞いて。つい先日収めたはずの拳がぎゅっと復活した! 美佳子が『あんな男と夫が一緒に仕事をする』と知って青ざめたわけも、『執念深い男だから、絶対になにかやられる』と大袈裟と思えるほどに震えて泣いて怯えていたわけもこれで、よくわかった。
沖田。お前が『疫病神』だ! なんて汚いことを平然と、うちの女房に……美佳子に!