奥さんに、片想い
落合さんがハッと僕を見る。僕だって今僕自身がどんな顔をしているかわからない。だが、あの落合さんの顔色がさっと血の気が引いて真っ白になった。
「いえ、す、すみません。やはり美佳子さん、そんなことご主人に言えなかったんですね。あの、その……お耳にいれるべきではないお話で……した……」
「ある、あるよ。黒子。確かに誰もが見られる場所じゃない。でも、でも、美佳子は……」
そんな女じゃないと信じてきた。いや、僅かに『本当は身体の関係もあったかも』と疑わずにはいられなかったが、僕はこの十年『あったとしても、なかった』ことを真実として彼女を信じてきたから。美佳子自身もあんなに『沖田と寝たことになっているなんて耐えられない』と泣いていたぐらいだから、きっと、きっと……きっと……。
「ええ、そうですよ。そう。下着で隠さなくてはいけない場所にあることを知られているならともかく、足なら裸足になれば目に出来ることもあるでしょうし。夏なんて女性は素足になってサンダルを履きますから」
彼女の方が慌てていた。僕を宥めるように……。そして僕は『そうだよな、そうだよ』と、落合さんの慰めに軽く頷き、気持ちを落ち着かせていた。
「そんな下劣な男なんです。あの沖田って男は。だから営業本部でも煙たがられているようで居場所もないみたいです。そんな居づらくなった沖田が異動願いをだしたそうなんですが……」
異動願い? なんだあの本部から出て行ってくれるのかと僕は思ったのだが。落合さんの次の一言で僕はどれだけ彼に嫌われているかを知る。
「沖田が希望した異動先は『本部コンサル室』です」
コンサル? 営業一筋だった彼がコンサル? 僕の目が点になる。
「え、僕が候補になっているところへわざわざ?」
「でしょうね。対抗心なのでしょう。沖田もわかって異動願いを出しているに決まっています。それを知って佐川さんが尻込みをして辞退してくれると高がくくっているか、あるいは、佐川さんとおなじオフィスで働くことになっても、佐川さんを蹴落としてやろうとか思っているんでしょうね。営業一筋だったとはいえ、コンサル業務とは外勤と内勤という差ぐらいだから出来ないこともないでしょうし。なにせ、コンサルの課長の地位はまだ盤石ではありませんから、狙い目だと思ったんじゃないですか」
そこまでして彼は、僕と美佳子をとことん撃退したいらしい。もうそこまで睨まれると、やっぱり僕は彼とはちょっとでも関わりたくないとおののいた。だがそんな僕の様子を落合さんは見逃さず、すごい剣幕で詰め寄ってきた。
「お願いです、係長。ここは遠慮せずに、本部コンサル室の課長を引き受けてください。本部は佐川係長は欲しいから、沖田を退けてくれると思うんです。いつものように遠慮しないで、ここは沖田をはね除けて本部へ行ってください」