奥さんに、片想い

 今日、僕が妻をここに連れ出した意味。小雪がちらつく夜空の下、春を告げる祭で終わりにする。引いたくじの貧乏はもう受けたんだから。美佳子も疫病神なんかじゃない。貧乏くじをひいただけだ。僕のその言葉に美佳子がまた涙をこぼした。
「パパ、いこうよ。お腹空いたよ!」
「うん、いこう」
 時間は夜の八時をとうに過ぎていた。それでも参道の参拝客の賑わいは続き、人混みも終わらない。
「いこう。今まで通りの僕たちで充分だよ」
 美佳子は泣いたまま、そうねとも言わず、頷きもしなかった。本当だったら自分も再就職をしていただろうし、夫は昇進していた。それを諦めることになる。でもそれも、平穏に過ごしていく為。頑張っていく人達もいるだろうが、僕と美佳子は穏やかで質素な道を選ぶ。
「ほら、梨佳があんなに先に行ってしまった。見失ってしまう。急ごう」
 力無く歩く妻の肩を抱いて、僕達は歩き出す。
「……時も、そうだった」
 僕の胸元で美佳子が何かを呟いた。
「え?」
「初めてボンゴレを食べさせてくれた夜も、徹平君はそうして私を楽にさせてくれた」
「うん……」
 そこで美佳子はポケットからハンカチを取り出し、急に涙をごしごしと拭いて毅然とした顔を懸命に整えるべく乱れた髪も手で整え、しゃんと背筋を伸ばし、僕の胸から離れていった。
「好きよ。徹平君。あの時からずうっと好き」
 人混みの参道で僕は思わず立ち止まり呆然としてしまった。
「なななな、なに急に、こんなところで」
「徹平君って真面目だったじゃない。きっと私みたいに男性とばかり噂になっている浮かれた女なんか興味ないだろうなとは思っていたの。結婚もそう……なんだか沖田と落合さんに追い込まれて逃げ込んできた女がたまたま目の前にいたから、お互いに適齢期だったから結婚しようかなんて流れだったし」
「え、僕は適齢期で目の前に美佳子がいたから適当に結婚した訳じゃあないよ」
「うん、わかっている。でも最初は『結婚がしたかったからどの男でも良い女』だと徹平君は思っているだろうと。そう思っていた」
 確かに。そう思うことはたまにあった。だから僕の様子をよく見て敏感になっていた美佳子も『僕なんて都合良くそこにいた男なんだ』なんて思っていた夫の姿を察知していたのかも? 結婚十年目になって妻の気持ちを初めて知る気分だった。

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