奥さんに、片想い
「でも。私、違うから。本当はボンゴレを食べさせてくれた時に、もう一気に恋していたんだから」
「そうだったの?」
そうよ。と、美佳子が笑う。
「やっぱりね。徹平君、私があれからすごくドキドキしているの知らなかったでしょう。もう徹平君のなにもかもがすっごく格好良く見えちゃって。クレームで困っている女の子を助ける為に頭にヘッドホンをつけた真顔も、どんなにあちらが荒れ狂っていても冷静にお客様と話す徹平君の声も素敵だし、淡々とデーター入力をしているワイシャツネクタイ姿の徹平君とか。大好きなマツダの車のエンジン音を聞いてご機嫌にハンドルを回す徹平君とか。……さりげなく、ワインを頼んでくれた徹平君とか。あの時の白のグラスワイン。あれが私の中で一番キラキラしていてもらった指輪の宝石より綺麗なの。あの優しさに包まれて眠れた夜は、まるで徹平君に抱きしめてもらっているみたいで目が覚めた朝もすっごいドキドキしていた。こんなにときめく恋が三十歳過ぎて到来するなんて信じられないって毎日が幸せだった。でも、徹平君は相変わらず真面目で淡々としていて。それに私ももう……恋で浮かれて痛い目に遭いたくなかったから、抑えて抑えて徹平君の迷惑にならないようにしていたの」
ええ! 美佳子からこんなにべた褒めされたのは初めて。しかもそんなそんなずっと前から僕のこと! 僕の頬が冬空の下でも、一気に熱くなる。
「嘘だー。僕が格好良いだなんて。嘘だ」
「いいのよ、嘘で。私だけが知っていればいいの。誰も見ちゃ駄目。徹平君が格好良く見えた女の子は、絶対に徹平君のことあっという間に好きになっちゃうはずだから」
なにそれ。と僕は益々困惑。でも今度は美佳子が余裕でにっこり笑っている。
「決めたの。私の恋、これが最後。死ぬまでずっと徹平君に恋していくって。他にも恋をしたけど、あっちの方が全部嘘。私の本当の恋は徹平君だけよ」
はあ、なにこれ。なんなんだこれ? どうして、今日は僕が妻を励まそうと思っていたのに? なんで僕がこんなに掻き乱されているんだろうか?
それも、こんな甘く疼く恋する彼女からの、恋の告白。僕の胸もずっと前のようにドキドキと早鐘の如く胸を打つ。