奥さんに、片想い
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本部人事がどうなっているか、何を考えているか僕にはわからない。
僕が辞退した後、もう少し年配の地方支局のコルセン課長を本部コンサルに据え置いたようだった。そして沖田も念願通りにコンサルの係長として異動したとのこと。
「はあ。もうどうしてこうなっちゃったんだろうねえ」
毎度の如く、田窪さんが僕の目の前で、今日もコーヒー片手に溜め息をこぼしている。
「でも、佐川係長らしいですよね。私も是非、沖田を蹴落として課長になって欲しいと押しましたけど、今となっては私達のコンサル室に佐川さんがいるのはほんと安心ですから」
僕がコーヒーを飲む傍らには、あの落合さんもいた。
いつもの昼下がりの中休み。僕と休憩の時間が合うと、この女性二人は僕のところにすっ飛んでくる程、よく話す同僚に。
「てっちゃんの為によく言った、落合ちゃん! でもねえ。やっぱり私達、てっちゃんがいなくなったら心細いわ」
「せっかくの適材適所の昇進だったのに。残念でしたね。佐川さん」
もう桜も散ってしまった。透かしている窓からは暖かな春の風。会社の人事異動も落ち着いた頃だった。
「しかもあの沖田が係長が行くはずだった法人コンサルに、ちゃっかり紛れ込んで。腹立つったらっ、もうっ。この会社の本部、いったい何を考えているの?」
落合さんが我が事のように怒り出し、僕と田窪さんは彼女の気性のスイッチが入る前に『まあまあまあ』と諫めた。
だがそこで田窪さんが何故か『ふふ』と笑う。
「でもさ。これって沖田君にとって最後のチャンスだと思うよ~。あの子もう背水の陣だからねえ。踏ん張れば今度こそ本物の男、でなければ……」
落合さんもそこで『ふふ』と不敵に笑う。
「踏ん張れないに賭けます、私。そういう男です、アレは!」
女二人でまるで呪いでもかけているかのような恐ろしい笑みを見せ合っている。それを間で見ている僕も苦笑い。やっぱり女は怖いわ。
そんな彼女達が『大丈夫、大丈夫。絶対にまた係長にもチャンスが来るって』と宥めてくれるので、僕もにっこりとひとこと。
「えっとー。違う意味でめでたいことが……」
「なあに。美佳子ちゃんが仕事を始める気になったとか言っていたけど」
「美佳子さん、いいところ見つけたんですか?」
補佐の二人に詰め寄られつつも、僕はもう笑みが抑えられずにこにこにこにこして彼女達に告げた。
「じゃなくて。美佳子の身体がおめでた」
妻がおめでた。
目の前の女性二人、目を丸くして固まっている。そして瞬きせぬ目でずうっと僕を凝視している。