奥さんに、片想い
つまり。営業の若い彼と付きあっていると公表してもらえた若い彼女が、彼が少しでも興味を持っていた女性を憎く思い、美佳子が不利になる噂を流した――ということらしい。
「それはヒドイ」
女ってこえー。ほんと、僕は心底思った。あることないこと自分を良く見せるためなら、あるいは相手を貶めるためなら『平気で嘘を言う』のかと。
これは僕も同情してしまう。
「安永さんもそこは『大人げない人間になりたくない』じゃなくて、ちゃんと反論した方がいいと思うな」
「会社で? 私はエッチしていない、あの年増女が私の彼とエッチしたとか言い合うの? 先に場違いなカードを切って私を勝手に土俵にあげたのはあっちなんだから。でも私は少なくともそんな愚かな土俵にはまだ立ったつもりはないから」
彼女らしい言い分だ――と僕も納得してしまう。でも、このままでは……。でも、僕も彼女と同じ意見だった。
たとえ、嘘でも本当でも。確かに職場で『男を寝取った寝取られた』とやり合うのは場違い。それに、僕もそんなみっともない美佳子は見たくなかった。どんな男の噂も『噂で終われる』そんな彼女であって欲しい。
しかし向こうがそんな非常識な宣戦布告をしてきたなら、美佳子がスルーするにも限界があるようだった。先に言葉を表した者勝ち、『社会の噂』にはそんな性質がある。そして若い彼女も、若いが故に思いあまったところがあるのだろう。それを大人の美佳子が真に受けて真っ向から喧嘩するのも確かに『余計に大人げなく見える』ことになってしまうだろう。
「営業の彼、かばってくれなか……かばうはずないか」
僕は溜め息をこぼす。男って、そういうところ簡単に逃げるからなあと。きっと彼も彼女の暴走でこんなことになってしまい、自分にどのような被害がこれから襲ってくるか。その前にどうやって収拾すればいいかと生きた心地がしないことだろう。……そこは『ザマミロ』と僕は密かに思う。
若い彼女が先だったのか、美佳子を誘ったのが先だったのかはわからない。それでも彼は美佳子を誘っていたのは事実。そして若い彼女を後から選んだのも事実。これから男の彼も立場が悪くなっても、それも『身から出た錆』。しかも自分はまだ安全なところにいて、女同士を争わせ、知らぬ顔とは……。それも男として既にみっともない。彼も打撃を受けていることだろう。
なんの対処も思いつかずただ考え込んでいる僕の目の前で、また美佳子がくすんくすんと泣き始めてしまう。今度はハンカチを握りしめ静かに泣いていた。ひたすら涙を流し、心底哀しいという彼女の想いが僕にも伝わってきた。