奥さんに、片想い
「夫妻共に四十過ぎているけど、えっと、頑張ってもう一人育てていくことにしました」
「えーーー! なにそれ、てっちゃん!!」
「え、え。み、美佳子さんも、頑張って産むってことですか、それ!」
「うん。高齢出産だけど現代医学を信じて、頑張ることにしました」
なんなのそれーー! 本当の『おめでた』じゃないーー!!
彼女達の驚きは、休憩の後あっという間にコンサル室にも広まってしまった。
うっそー。係長が二度目のパパになるんだって!
おめでとうございます。おめでとうございます!
新しい命の誕生と共に、僕は祝福を受けていた。
妻、美佳子のお腹は三ヶ月。つまり、お椿さんの後すぐの子。
結婚十年目の授かりものだった。
―◆・◆・◆・◆・◆―
僕は変わらない。変わったつもりはひとつもない。万年係長の道を選んで、四十を過ぎて二児の父親になって邁進していく日々。
「あー。またシャツにミルクがついていますよ」
主任になった彼女に言われ、僕はシャツを見ろした。
「本当だ。だってさ。吐くんだもんな。ミルク」
「相変わらず子煩悩パパですね。もう、今からお客様がいらっしゃるのに」
眼鏡をかけている落合さんが、綺麗なレエスのハンカチで拭こうとしていたのでその手を握って止めた。
あれから美佳子が無事に男の子を出産した。出産して動けるようになると美佳子は明け方のバイトに出て行くようになった。その間、僕が息子の面倒を見る。出勤前、パパが授乳。息子のちいさく丸い背をぽんぽん叩いてげっぷを出してあげると、たまにケホッと甘い匂いのミルクを白いシャツに吐かれてそのまま……。
朝は慌ただしく、僕と美佳子で時間ギリギリのバトンタッチ。美佳子はそのまま昼間は小さな赤ん坊の息子とぐっすり眠って休めるとのことで、今のバイトを続けていた。
そして僕は今。
「だめだめ。綺麗なハンカチが汚れるじゃないか」
慌てて僕は自分のハンカチを出して拭いた。
そこで眼鏡姿の『落合主任』がにっこり笑っている。
「本当。いつまで経っても佐川課長は変わりませんね」
「僕はいつも通りだよ」
「でましたね。『僕はいつも通り』ってセリフ!」
キリッと黒いパンツスーツで決めている『冷たいシングルお局様』と言われている落合さんがケラケラと笑い出したので、コンサル室のメンバーが驚いた顔で僕たちを見た。
「課長。北条工業の三浦専務から連絡が欲しいとのことでしたが」
「うん。わかった」
落合主任からの報告を受け、課長のデスクに座り、僕は電話機へと手を伸ばす。法人コンサル室は規模は小さいが、精鋭のコンサル員を集めたハイクオリティな部署。そこで男女問わず最高のコンサルに磨きをかける社員が法人相手に意欲的に仕事をしていた。