奥さんに、片想い
美佳子が出産を終え、ひとまず落ち着いた頃。僕はまた支局で課長に呼ばれた。同じ時期、お椿さんの頃、おなじ部屋、同じ穏やかな小春日和、おなじ冠雪の山脈が見える部屋で。課長が『今度こそ、引き受けてくれるな。本部からの強い要望だ』と告げた。
たった一年。何があったのか詳しくは知らない。だけれど、僕の代わりに課長になった男性がリタイヤしそのまま退職してしまったとのこと。その前に、コンサルと営業の不手際で大きな損害を出したという報告。そして。『沖田はもう本部には戻ってこないと思う。これで心おきなくあっちにいけるだろう』と課長。大きな損害にどのように沖田係長が関わっていたかは、僕が本部コンサル課長に就任して一年の実務実績を確認した時に知った。
ほらね。沖田がトラブった。
本部ではあちらこちらからそんな声が聞こえてきた。そして僕の支局でも。『私の賭け、勝ちましたね』とほくそ笑む落合さんがいた。
沖田は自分のために平気で人を傷つけ、目先の利益の為に簡単に信頼を軽んじる。誰もが口々にそう言っていた。そして彼の姿はもうどこにもない。
本部に転属するにあたり、光栄なことに『補佐するメンバーを選んでも良い』とまで言われた。『その代わり、損害を取り戻すこと』。コンサルでの損害は『信頼を取り戻すこと』を意味する。本部はその損害に切羽詰まっている状態で、だからこそ『佐川君が仕事をしやすいメンバーにして良い』という異例の許可をもらえたのだ。
そして僕は『選んで良いメンバー』に、田窪さんと落合さんを候補にした。だが、同じ支局の同部署からの引き抜きはどちらか一人と本部から言われ――。『私は先が見えているから。まだ若い落合ちゃんを連れて行ってあげてよ』。田窪さんが辞退した。その代わり、僕が抜けた支局を支えていくとの決意。『だってさ。この支局じゃもう落合ちゃんに見合う男がいないじゃない。本部に行って見つけてきなさいよ』なんてお母ちゃんらしく言って、気持ちよく若い落合さんを送り出した。