奥さんに、片想い
その甲斐があったのか。落合さんはもうすぐシングルさんではなくなる。本当に本部にいる他部署の男性と結婚することになったのだ。春に転属してきたから、あっという間のことで『電撃婚』と言われている。しかも……年下の男! だが今度は男性から落合さんに熱烈に申し込んできたとのこと。僕を補佐する『デキる綺麗なお姉さん』を見て、一目惚れだったらしい。あの落合さんにも幸せがやってきそうで、僕もほっとしている。
『私、美佳子さんから勇気をもらいました。もう駄目かなと思っていたけど、出産も頑張ってみます』と落合さん。もう難しいことは考えず、とにかくパートナーと歩んでいく人生も頑張ってみるとのことだった。
それでも転属してすぐ。僕の仕事は今にも縁が切れそうな顧客に謝罪することから始まった。沖田の置きみやげも大きかった。それでも僕がずっとやってきた仕事だったから、いつも通りに取り組んだ。営業本部も力を貸してくれ連携をして回復に努め、落合さんもとことん協力をしてくれるし、元々いた実力ある他メンバーも頑張ってくれている。
コンビニまであと少し。横断歩道の信号待ち。欠伸をする僕のポケットで携帯電話が鳴る。
「あ、美佳子。うん、大丈夫。今から眠気覚ましにコンビニに行くところ。え、コンサル室を放置って? 落合さんがいるし……。ああ、うん、わかった。帰りにドラッグストアで買ってくる」
オムツと粉ミルクを買ってきてくれとの連絡。
『徹平君。今日のご飯、鰹のタタキとぶっかけうどん、どっちがいい?』
「うーん。鰹のタタキ!」
『わかった。冷酒も準備して待っているから気をつけて帰ってきてね』
うんと頷く受話器の向こう、元気な息子の泣き声が聞こえてきた。
じゃあねと僕たちは電話を切る。
信号が青に変わり、僕は歩き出す。
路面電車がのんびり走る大通りを横断する時、本丸が見える城山からの夏風がネクタイを揺らした。港が見える城下町、僕の生まれ故郷。やっぱり僕はずっと変わらない。
僕は今日も、いつも通り。
◆ 奥さんに、片想い/完 ◆