奥さんに、片想い
もうちょっとスマートに三十代の男女としての『控えめな会話』が出来ないの?
なんて思うが、相手は自分より五つも年下なのであからさまに邪険にする幼稚な女にはなりたくない。
だから自分が大人の女として落ち着いた顔を保ち、でも興味なんてないんだからと素っ気なく答えてやる。
「聞かなくてもわかるわよ。柔道でしょ、柔道」
柔道か剣道か空手か相撲かしらないけど、正解でも不正解でもどーでもいい。自分から振った話とはいえ、千夏はさっさと切り上げて彼から離れようとするのだが。
「俺、市内商業高の出身なんです」
それを聞いて千夏はまた目を丸くした――。
「まさか、野球とか!?」
「そうっす。野球」
市内商業高校といえば、野球の名門。
全国大会甲子園で何度も優勝を遂げている歴史ある野球部がある高校。
そこの出身だという。そんな彼を知り、千夏がすぐに思い浮かんだこと。
「もしかして、キャッチャーだった?」
彼がまた嬉しそうに笑う。
本当に邪気なんてナシ、無垢で赤ん坊のまま大きくなった男の子のように――。
「正解です!」
「ド、ドカベン!」
「あはは。実力なかったし、万年補欠だったからそこまでは言われなかったけど。でも、時々はそういわれました」
でもあのイメージそのもの。
つぶらな目がにっこりすると糸のように細くなり柔らかに緩む。
おおらかそうな雰囲気はあのキャラを思わせる。
「あ、これ。主任、探していたんじゃないですか」
そんな彼がもうひとつ別に持っていた小さなレジ袋から四角い箱をひとつ。こちらに差し出してくれる。
それを見て千夏はまた彼に引き留められてしまう。
「これ。季節限定の生チョコ! そこのコンビニではぜーんぶ売り切れで最近全然買えなくなっちゃって」