奥さんに、片想い
毎日がもどかしくて仕方がないことだろう。あることないこと囁かれ、そしてなかなか去らない嵐に、厳しい視線に晒され、もう一週間も休むことなどできるはずもなく――。
「よほど、ショックだったんだな」
きちんと仕事を続けてきた彼女が休んだんだから――。寝取ったなんて噂を流されて……。
「ショックだったのは……」
涙声で彼女がやっと口を開いた。
「ショックだったのは。彼女がうちのコンサルのロッカーにまで押しかけてきて、『いい歳をした大人が、なに浮かれて若い男にひっついていったのよ。遊びに決まっているじゃない。みっともない。不倫の噂があるだけあって、人の男寝取るの得意そうね』て言われたから……」
うっわ。若さってある意味凶器だな――僕の背筋が凍る。僕もこれから若い女の子を『宥める時』は言葉や接し方に気を付けようとすら思った。
「寝取ってはいないけど、『みっともない』は、本当のこと。私がショックだったのは、『みっともない』自覚が私自身になかったことよ。本当に馬鹿みたい。若い男の子にちょっと褒められて、その気になっちゃって。最近は年下の男の子と付きあうことだって世間的にそんなに変なことじゃない。そいうい甘えがあったのよ。『誘われたなら年下でもついてゆく』なんて自覚もユルユルになって、ほんとみっともない年増だって思ったら、すっごくすごく情けなくて……。喜んで彼の誘いについていった大人のはずの自分が恥ずかしい。そんな自分を殺したかったわ」
驚いた。平気で人を罵る若い女の子を憎むどころか、自分の非を憎むとは。でも僕はこの時、ほんとうに『彼女が好きだ』とかあっと熱くなるのを覚えた。やっぱり彼女はこういう人だと。
「情けない自分にショックだったんだ……」
「もう三十歳越えた。いままでしっかり社会を見てきた大人だから大丈夫。なんて、思い上がっていたのね。ほら……三十過ぎて、だんだんと男性とのご縁もなくなってきて。ちょっとした焦りもあったのかも。年下の男の子に嬉しいことを沢山言われて舞い上がっちゃって。ほんと、私ってバカ!」
っていうか。確かに美佳子は『綺麗なお姉さん』に見えるかもしれないが、アイツめ、何を思って美佳子を言葉巧みに誘ったのやら。年上の大人のお姉さんと一度だけ寝てもいいか――とか考えていたのだろうか。自業自得。お前は明日から美佳子以上に苦しめ――。僕はいつのまにか、営業の若い小僧に激しくむかっ腹を立てていた。
泣いている女と、腸煮えくりかえっている男。そこへ空気を切り替えるかのようにして、僕のボンゴレがやってきた。