奥さんに、片想い
コンサル室があるフロアの、非常階段へと出る扉を開ける。
「また、やっちゃった」
溜め息混じりに呟き、一人額を抱えた。
本当、この性格でどれだけ損をしたことか。
せっかく佐川課長と本部へと転属、主任に昇格して、元々いたメンバーとの意思疎通が出来るようになってきたというのに。
程良く出来上がった関係を空気を壊しかねないところ……。
「ごめんね」
法人コンサルに配属されているだけあって、ここにいる青年達の意識レベルは高い。ゆえに仕事もしやすい。
なんといっても、やっぱり『佐川課長』。
前年度の問題に巻き込まれささくれ立っていた若い彼等の毎日を、元々あった自信を取り戻すようなケアを心がけていた。
千夏にはわかる。佐川という男に育ててもらったコンサル員として、一番最悪の素材でそれでいて彼の成果としても知られている素材。
千夏がこうなれたのだから、元々賢明である彼等はすぐに佐川課長を信じて前向きになってくれるだろうと――。その通り、彼等はあんなに素直。
鬼ババの千夏にもあの様に気遣ってくれる。
この本部のコンサルに来て最初の自己紹介、『私は鬼ババですから、佐川課長が優しくしてくれても厳しく行きます』と生意気に言い放った。
案の定、彼等に距離を取られた。
でも千夏はそれで良いと思っていた。
私が鞭で佐川課長が飴になってくれたら。
ぐずぐずしていられない。課長と成果をあげるにも、厳しいところは厳しくしなくてはいけないのだから。
正直、佐川課長はのんびり構えているところがあって……いや、よく言えば『悠然』、これが彼の一番良いところだからこのままであってほしい。
だからこそ、千夏が彼が出来そうにないところを買って出たつもりだった。
なのに……。
千夏の角張ったところは、丸く見えるよう課長がフォローしてくれる。
だから青年達も『課長が連れてきた主任』として、厳しくしても信じて耳を傾け動いてくれる。補われているのは自分の方だった。
『女性らしいところもフォローしてあげないとね』
決して荒ぶることない穏和な声が耳の奥でこだまする。
「もう、そういうところ。なんだか、余計なのよ……」
知らなければ『女』なんか意識しなくて済んだのに……。
湿った六月の風が、俯く千夏のうなじを撫でていく。