奥さんに、片想い
――気を取り直して。あんまり行儀良くないが、そこの中程の階段に腰をかけ、食べかけのサンドウィッチを取り出す。
中途半端なランチ、でも若い男の子達の気遣い、なのにすぐにその空気を壊してしまう自我の強さ。
そして……なんだか懸命にアプローチしてくる彼。
素直になれない自分。
そして課長の……。アップダウンが激しすぎる。
「あー、またこんなところで休憩しているな」
その声にドキッとして振り返ると、階段の上、入り口がある踊り場に佐川課長が立っていた。
眠気覚ましなのか、片手には栄養ドリンク。
それの蓋を捻り開け、市内の風景を一望しながら飲み干す姿。
奥さんが選んだのか洒落たネクタイ。踊り場に吹く風にはためかせ一息つく姿を、千夏は暫し息を潜め見上げていた。
でもずっと見ていてもどうしようもない。課長と仕事以外で二人きり、手持ち無沙汰になりたくないから千夏から口を開く。
「課長のせいですよ」
え、僕のせい?
とぼけた顔をして。この人もほんと邪気がないって言うか。
でもこちらは大人の男、とぼけた顔をしてすぐに千夏が言いたいことをわかって笑い出す。
「もしかして河野君のこと?」
「そうですよ。何故『知らない』て言ってくれないんですか。課長と一緒じゃないと彼はすぐお堀……」
「城山の堀端でひとりランチをしているなんて、僕は言っていないし。『どこにいるか知らない』て言ったら彼が『わかりました!』て元気よく飛び出していったんだけど」
つまり。佐川課長はなんら関係なく、原因でもなく、単に千夏の行動を彼に把握されてしまっているということを言いたいようだった。
「彼、いいヤツだよ」
この人が言うから間違いないのだろう。いや、信頼している男性が言ってくれなくても、あの彼を見ていれば判る。
そしてこの課長が、『いいヤツ』と言ってくれる裏に『間違いない男だから、素直になってみたら』と暗に勧めてくれているのもわかる。
「もしかして、まだずっと前のこと気にしているのかよ」
この男性との今までの付き合いの中で、千夏はずっと忘れてはならないことがある。
彼の妻を傷つけたこと、この尊敬している男性を傷つけたこと。
自分勝手だったこと。
そして……。
千夏はそこは心の呟きでも密かに黙る。