奥さんに、片想い


「いいえ。いまさら」
「僕も美佳子も今はもうなんとも思っていない。その気持ち解ってくれていると信じているんだけど。まだ気にしているとしたら、僕たちも困るよ」

 そんな昔の、互いに若かった時の、誰にでもある未熟故の諍い。
 別れてそれっきりがほとんどの中、千夏とこの男性とその奥さんは運良く修復でき、良き関係を結べた。

 千夏だってわかっている。
 皆が許してくれたことも。
 自分も変われたことも。
 それが糧になって今の自分を成長させたことも。

 でも。解らないだろうな。
 一言では表せないこの重み。
 ある意味、トラウマに近いこの感覚。
 言葉や頭の中で理解できても、どうしても自分自身で外せないものがあって、外したいのに外せないこのもどかしさとか……。

「彼、商業高の野球部だったんだってさ」
「聞きました」
「もうさあ。僕みたいな運動できない男からみると、甲子園に行ったとか聞かされちゃうとヒーローに出会ったように感激しちゃうんだよな」

 甲子園に行った!? 

 彼、そんなこと一言も言わなかったと千夏は驚く。
 すると、佐川課長がハッとした顔になり慌てて言い直す。

「おっと。行ったことはあるけど、補欠で試合にはでていないって。でも一年生の時にベンチ入りはしていたらしいよ。それ以降はさっぱりだったんだってさ」

 なんだ、やっぱりと千夏も何故か胸をなで下ろす。
 で、そんなすごい男だったらどうだったというのだろう? 
 急にそう思った千夏は自分が未だに『ステイタス』を気にしていることを知り自身にガックリしてしまう。

「でもさ。僕も最近、頭を下げてばかりでストレス溜まるから、彼にバッティングセンターに連れて行ってもらったんだ」
「そうだったんですか。いつの間に」

 なんだか転属してきたばかりなのに、河野と佐川課長は既に親しい間柄になっている。
 でも違和感ない。二人とも姿は全然似ていないが、なにかどこかが似ている気がするから。






< 83 / 147 >

この作品をシェア

pagetop