奥さんに、片想い
彼の車が国道を走る。市内を抜けて東部地方へと向かっていた。
「海道方面へ行ってみようと思っています。大橋を渡って島にも行こうと思っているんですが」
「いいわよ」
どこでも――。と、心の中で付け加えている。
「途中の海岸沿いの店で食事をしましょう。和食ですけどいいですか」
「いいわよ」
彼にお任せ。特に希望はない。
「嫌なことは嫌と言ってくださいね」
「はい」
何でも良かった。とにかく、自分のこと……どうやって話そうかと考えあぐねている。そればかり。
言ってしまおう。全部、全部。いつまでも『素敵な女性』なんて持ち上げられても……嬉しいけれど、自分が嫌になってくるし。彼と気まずい関係になりたくない。彼は本部の人間だし課長とも仲が良いだけに、互いの職場での関係が負担にならないよう断らないと。それってどうすればいいのだろう。
「落合さん? 大丈夫ですか」
「え、ええ」
「それならいいんですけど」
ホッとした笑顔を見せる彼。彼も彼なりに緊張しているようだった。
やがて車窓に海が広がる。降雨のおかげで靄が拭われた空は澄んで、とてつもなく突き抜けた青。
穏やかな波の海原、ゆっくりと海上を行くタンカーやフェリー。
街中でキリキリと働いている日々を過ごしている身としては、故郷のこのような穏やかな色合いの景色を見るのはとても癒される。
何か話さなくちゃ……と思うけど。暫く、ずっと黙ってこうしていたい。そう、城山の堀端でぼうっとしてるように。
そして、不思議だった。彼も黙っている。ふと運転に集中している彼を窺うと、いつもの微笑みを唇の端に柔らかに携えたまま、ずっと前を見ているだけだった。
「静かね」
話さないと気まずいのかと思って、なんとなく千夏から呟いてみる。
男だからリードしてほしいなんて、若い彼に押しつけたくない。
彼から誘ってくれたとはいえ、やはりあまり負担になりたくなかった。
そっちからムードを作れだなんて、高飛車なオーラを醸しだして純粋そうな彼を困らせたくなかったのだが。
「でも。主任は静かにしている方が好きなんですよね」
ドキリとした。
車の中、二人きりのドライブだからなにか話さないとと思っていたのに、思わぬ彼からの返答。