さみしいのほし
こたつに入ったまま、いつの間にか寝てしまっていた。
体を起こすと、お母さんが仕事着の上からコートを羽織っていた。今から仕事に行くのだということは聞かなくても、言われなくても分かった。お母さんは起きたばかりの私を見て呆れたように笑った。「学生はいいわねえ」とでも言いたそうな顔だなあ。
「美晴、ご飯は適当にしてちょうだい」
「うん、わかった」
コートとマフラーを身につけ、靴を履きながら言うお母さんにそう答えて、テーブルの上に転がっているみかんを揉む。みかんは揉むと甘くなると、テレビだったか友達だったかが言っていて、それ以来無意識にみかんを揉むようになっていた。白い繊維がついたままのみかんは、少し水っぽかった。まるでお父さんに先立たれて心に風穴が開いた今のお母さんみたいだ。
友達や近所から評判だった優しいお母さんの面影は、今では微塵も見当たらない。子育てに忙殺されていても優しかったのは、きっとお父さんがいたからだ。お母さんにとってお父さんはそれほど大切な人で、愛しい人だったのだろう。お父さんが死んだばかりの頃、お母さんは荒れていて、ニュースやドラマで見るような、子どもを道連れにした無理矢理心中をするんじゃないかとか、暴力をふるわれて、「あんたなんか産まなきゃよかった」と咽び泣かれるんじゃないかと思うと怖かった。何よりも笑顔の絶えない優しいお母さんの変わりようが怖くて堪らなかった。けれど心に風穴が開いていることに慣れたのか、ひとつ季節が過ぎる頃には、自分と私を養うために必死になって1日中外で働くようになった。今では仕事の関係で、私と顔を合わさない日もある。それでもお母さんは私に八つ当たりをすることなく、だからと言ってとびきり優しい言葉をかけてくれることもなく、私を育ててくれている。
「明日でもいいから大掃除、頼んだわよ」
「うん。いってらっしゃい」
「行ってきます」
骨が浮き出ていそうな細い背中を見送り、あれが大切なものを失った人の姿か、と習慣のように思った。それから、好きなものも大切なものも必要なものも作るものかとも。自分の母親だけれど、あんなふうにはなりたくない。ガチャンと音をたてて鍵をかけられたドアが、やけに冷たくて恐ろしい無機質に見えた。私の数少ない大切なものを奪い去るような底知れない恐怖が、体の内側から凍らせていくようだった。
きらいだ。森羅万象に終わりをつくったこのほしなんて。