堕ろし部屋
羞恥心
助産師が大きな声で「木村薫さん、こちらへどうぞ」とベッドから5歩ほどの距離の別部屋に案内した。大きな声ではっきりと名前を呼ばれたことが、これから中絶手術を受ける「悪人」と烙印を押された気分だった。

また、もう一人の女性「にしざわえり」に薫の中絶手術の一部始終が聞こえることはこの距離から明らかだ。
「恥さらし」の刑。下半身を露出し、堕ろし台に上がる。恥ずかしい部分が丸見えになった。彼の前でもこんなに大きく脚を広げたことはないくらいの開脚。その上、転倒防止のため太ももに抑制帯を巻かれ、羞恥心で死にたい気分だった。

心電図モ二ターを装着され、心拍数が羞恥心で上昇していることが明らかにわかった。
助産師が内線で医師を呼んだ。しかし「手が離せないと」言われ違う医師を探していた。待つこと30分。

薫の大きく開脚した恥ずかしい部分のそばをピンクのエプロンをした看護助手がウロウロしている。薫は38歳、長年大学病院で看護師をしていたことから医療人の着ているもので職種はわかる。看護師は「羞恥心への配慮」を忘れない。しかし、教育を受けていない看護助手がこの中絶手術を助手として担当することを許せなかった。「羞恥心への配慮」がないことは拷問である。看護助手は無神経にも「にしざわえり」のいる部屋との隔たりの扉もあけたり閉めたりした。30分間、大きく脚を開きながら寒さと羞恥心に耐えた。
薫は38歳バツイチの子持ちである。一度の出産経験と複数の中絶手術に職業柄、立ち会った経験があった。これから行われることの予測はついているが、こんな辱めを受けなければならない自分への哀れみに「1つの命をこれから亡き者にする罰だ」と言い聞かせ耐えた。
本当は、愛する人との子供を産みたかった。妊娠が分かったとき嬉しかった。
薫の彼は40歳の医者である。大病院の院長の子息。偶然2年前にネットで知り合った。「結婚前の妊娠はスキャンダルだから今回は諦めてほしい」と必死に説得された。
どうせ男はセックスが好きなだけで、私も子供も必要ないのだと自分に言い聞かせた。彼の前から消えて「勝手に産み・育てたい」と何度も思った。

このあと彼に捨てられる覚悟もしっかり出来ている。
人間など信じない。自分すら信じられない。
生きることにうんざりだった。
生きるも地獄、死ぬも地獄とはこのことだ。

「どうかこのまま私の命も奪ってください」と本気で神に祈った。
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