C'est la vie!
あたしはふっとあの小さな書斎の壁に、まるで隠されるように飾ってあった肖像画を思い出した。
クロウさんと、顔が無かった和服の女の人。
あの二人はもしかして…ヘンリーさんと、ユウキさん―――……?
『残念だが第一夫人は決まった人がいてね』
クロウさんの言葉を、あの翳りのある表情を思い出して、
あたしは日記をじっと凝視した。
やっぱり
クロウさんは―――……
零くんはその後も日記をぺらぺらとめくっていたけど、
「その後ヘンリーさんはその取り引き会社の娘さんと結婚して、男の子と女の子を一人ずつもうけたみたいだ。家庭内は淡々としているようだよ。だけど―――
1904年の5月、ヘンリーさんは日露戦争のため徴兵されたみたいだ。
戦争中でもずっと日記をつけてたんだろうね。屋敷に残してきた奥さんや子供のことを心配してるよ」
零くんは眉を寄せて切なそうに瞳を揺らした。
日露戦争―――授業で習った。百年以上も前の―――……今では想像もできない壮絶な戦い。
その時代を―――ヘンリーさんは見てきたんだ…
零くんが言葉を選ぶように慎重にページをめくる。
そしてその手を止めると、目を開いてあたしに見せてくれた。
そのページには、
「Excruciating pain of losing a loved one.
(愛する人を失った耐え難い痛み)
How am I supposed to live.
(どうして生きていけよう)
It is impossible that I make a living in the world in which she is not present.
(彼女のいない世界で生きていくのは――――無理だ)
Good bye.
(さよなら)」
零くんが訳してくれて、あたしは目を開いたままその場で固まった。
同じようにして零くんも目を伏せて、無言で佇んでいる。