名前の無い物語
走り出した海
「海!?」いきなりのことで、柚歌と空は目を丸くした
止めようと、手を伸ばしたその瞬間
パン、と伸ばした手は千裕に触れることもなく弾かれていく
「なっ…!?」
よく確かめてみると
千裕と海の間には…見えない壁が存在していた
「急にどうしたんです?」
チラリ、と不思議そうに千裕は海を見た
「お前言ったよな?これは『トレード』だって。
まさかお前、自分の心を代償に吉野を…。」
そこまでで、空と柚歌も分かった
海の言葉にクスッと千裕は笑う
「先程言ったでしょう?ただ『トレード』するだけだと。そのままの意味ですよ。」
「ざけんな!そんなことしたら、今度はお前が…!」
例え吉野を救えたとしても
コイツが犠牲になってしまう
「心配には及びません。これは私の役割なのですから。」
「何?」海は首を傾げた
千裕は、フゥと息を吐く
「私の役割は、滝川吉野を正当な道に導くこと。彼はここで立ち止まってはいけない存在なのです。」
千裕の言葉に
三人は言葉が詰まった
「本来、黒蘭と滝川君の心は『1つ』に戻らず…別れたまま倒す予定だった。そうすれば滝川君の心に影響を与えず、ただ『黒蘭』という一人の存在を抹消したに過ぎなかった。
ですが予定は変わり、滝川君は『1つ』になった自身の心…黒蘭を抹消した。だから今滝川君は眠っている。
これは物語の結末ではありません。ですから私が、物語を正当な道に導かなければならないのです。」
本来、吉野はここでは死なない筈だった
生きて…世界を救う
それがこの物語の筋書き
今起こっているイレギュラーな展開を戻すためにも
吉野は元に戻らなくてはならない…
「その為に私はここに呼ばれたのです。物語の筋書きを正すために。」
海は何も言えなかった
千裕には…何の迷いすら浮かんでいなかったのだから…
「ですからあなた方が気に病む必要はありません。これは私の役割であり、私が勝手に行うこと。誰のせいでもありません。」
「…けど、っーーー!」