亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
夜の冷たさも、その色の深さも、全てが武器だ。
闇は気配も姿も隠してくれる。しかし、光の前ではそれも無効。ならば、光の後をとればいい。
敵と思われる人間の姿を発見した途端、我が相棒が傍らで低く呻く。そっと撫でてやると、鼻先を押しつけて甘えてきた。
………後でうんと撫でてやるから………今はそれどころじゃないだろう。
前に進む度に、夜気に濡れた背の高い草花がかさかさと音をたてる。
遥か遠くの丘に小さく見える、眩い白光を放つ光の象徴。
敵が命を懸けて守るそれは、人の手が入らぬまま数年の時を過ぎた今も、美しさを保っている。
………あそこだけ、時が止まっているのではないだろうか?
―――………憎い光。
いくら睨んでも、憎悪を向けても、何も変わらぬそれは、いつになったら壊せるのだろうか。
―――丘から目を放し、縦横無尽に茂っている草原に視線を向ける。
その中で数十人の部下の兵士達が、慎重に、確実に前へ進む。一歩一歩、敵の領地へ。
………私は、あの中に入れない。前へ進めない。憎むべき敵の砦を前に、近付くことさえ許されない。闘志だけが、私の中で煮えたぎる。
………悔しい。隊長である私は……あの部下達よりも信用されていないのだろうか。
………獲物を前にして我慢を強いられている獣の様に、歯を食いしばり、唇を噛み締めた。
………あぁ……手が…剣の感触を欲している。
「―――……変な気を起こすんじゃねえぞ?」
この静寂漂う中、突然楽観的な低い男の声が耳に入った。
「―――…貴様に言われなくとも分かっている」
「ならいいけどよ。……それにしても…ここは手薄だな」
闇夜を進む部下達の背中は、もうあんなに小さい。
………まだ敵は気付いていない。
「―――静かに…」
背後の男が、かったるいだのなんだのとぼやくのを制し、息を潜めた。
………部下達も感づいたのか、それ以上の進行を中断する。
…相棒の唸り声が、一段と低くなった。
―――瞬間、敵の砦から、法螺貝に似た音が響き渡り、辺りを窺った。