亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~
………生暖かい返り血は、降りしきる吹雪に触れられ、すぐに凍て付いた。
長めの睫毛に、真っ白な雪の結晶が引っ掛かった。
刃から滴る血を手早く拭き取り、布に包んだ。
………フードをしていても、手袋をしていても、容赦無く入り込んで来る冷たい風。
この冷たさとは、生まれた時から付き合っているから、もう平気だった。
既に凍り付いている仕留めた獲物の足を掴み、降り積もった奥深い雪山を歩いた。
吹雪で視界が悪い。
遥か彼方に霞んで見える山々は、どれも真っ白な衣を着ていた。
見飽きた風景だ。
たまに、思うのだ。
………あの山々の更に向こうは……話で聞いたとおり、緑が広がっているのか。砂だらけの大地なのか。
凍っていない、サラサラとした水が飲める程……暖かいのか、と。
………生まれた時から、この白い世界しか見たことも無いし、これが自分の知っている世界だ。………ここ以外の土地に興味はあるが……行きたいとは思わない。
父が…言っていた。
あの山々の向こうにいるのは、邪心に満ちた理に反する者達の世界。
神を冒涜し、敬う心を忘れてしまった………愚かな者達の世界。
父が呼んでいた。
獲物を掴み直し、深い雪路を進んだ。
……向こうの世界も、厚い雪で歩き辛かったりするのだろうか。
とにかくデイファレトの道は、何処も歩き辛い。