龍とわたしと裏庭で⑤【バレンタイン編】
オーブンから甘い匂いがする。


膨らんでる?

ねぇ、膨らんでる?


ガラスの向こうを何度も覗き込むわたしを見て、お手伝いさん達が笑う。

「志鶴様、見張っていなくても膨らみますよ」


「何だかいい匂いね」

そう言いながら、彩名さんがふらりとお台所に入って来た。

「あら志鶴ちゃん、お料理?」


「バレンタインデー用です」


彩名さんは、『ああ』って顔をした。


「圭吾に? あの子って運がいいのね。家にいるだけで、志鶴ちゃんみたいな子が飛び込んで来るのですもの」


圭吾さんもそう思ってくれているかな?

思っていてほしい


オーブンがチンと鳴った。


焼き上がった天板を出さなきゃならないのに、そこだけはさせてもらえなかった。

わたしが火傷でもしたら、全員の首が飛ぶと言われた。


おおげさすぎない?

いくら過保護な圭吾さんでも――いや、有り得るか

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