桜の咲くころ
バスに乗って、大型の家電量販店の前。

満足げに急ぐシンに付いて、あたしも遅れないように早足で歩く。

「圧釜って旨そう・・・」

「味の違いなんて分かんないよ」

「いや、絶対旨いって」

「・・・高すぎるから、それ」

シンがさっきから見つめる炊飯器。

感謝祭特価!とデカデカ書いてある割に、値札は9万を越えていた。

銅だか鉛だか分からないけど、炊飯器初心者のあたしには無意味な価値のような気がしてならない。

「んじゃぁ、こっちでいいや」

うちの料理長が次に選んだ釜は、普通の炊飯器。

二人暮らしには大きいんじゃないの?というあたしの抗議は、虚しくも店内に流れる宣伝の歌にかき消されていった。

「シン、それ買っても、うちにお米ないよ?」

嬉々としてテンションが上がりっぱなしのシンの背中に向かって、恐る恐る声をかける。

鼻歌交じりだったテンションは、一気に凍りつき、マジで?と振り返る。

そりゃそうよ、炊飯器ないのに米があるわけないでしょう?

「じゃ、帰りに買って帰ればいいじゃん」

「誰が持つの?」

「全部、ミカコが持つんだろー」

良策を思いついたシンは、再び鼻歌なんか交えちゃっていい身分だ。

「シン、あんた、相当電気屋さん好きだよね」

楽しそうな背中に問いかけて、一人で笑った。
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