桜の咲くころ
光
サトルの脅威から逃れられた事を、もっと喜ぶべきなのだろう。
なのに、この心に張り付く染みは消えない。
力なく倒れこんだベット。
もう、あたしは自由なはず。
重たい足枷を外されたのなら、喜んでシンの胸に飛び込んでいけばいいのに。
素直に従えばいいのに。
「あいつが結婚してた事が、そんなにショックだった?」
あたしの傍にシンが腰を下ろして、ベットがギッっと鈍い音を立てて鳴く。
「驚いたけど、ショックじゃないよ」
「じゃ、何でそんなに落ち込んでんの」
溜め息交じりの呟き声。
「・・・わかんない」
ゆっくりと茜色に染まっていく空をぼんやり見つめて言う。
「俺は、やっと安心だけどな」
「・・・そう、だね」
「お祝いに、飲みませんか?」
「・・・へ?」
何を言い出すのだろうとシンの方を向くと、首の曲がったワインボトルがブラブラ揺れていた。
「・・・その瓶、不良品?」
細いネックが、あまりにも首を傾げた格好であたしを見るから、噴出してしまう。
「こういうボトルのデザインだっつーの」
「どうしたの?それ」
「オーナーがくれたの」
「オーナーが?」
黒服が似合う、シンの雇い主の顔が浮かんだ。