桜の咲くころ
『シン君、入院したんですってよ?』
もうすぐ4月だというのに、まだ冬の冷たさが残るこの日。
友達の家から帰ってきたあたしに向けられた母親の言葉。
冷蔵庫から牛乳を取り出そうとして、その動きが止まった。
「お母さん・・・今、何て言った?」
あたしの後ろで夕食の準備を始めた母親の背中に恐々聞き返す。
「シン君、入院したんですって」
「・・・うそ?」
「ウソじゃないわよ。お父さんが昨日、帰って来て言ってたから」
「何か・・・病気なの?」
頭の中に『炭酸爆弾』と笑い飛ばすシンの顔が浮かぶ。
「生まれつき、腸が捻じれてたそうで。それが成長と同時に酷くなったみたい。かわいそうねぇ」
「・・・どこに入院したって?」
「え?あぁ、市内の中央病院よ?」
あたしの後ろで、お母さんが「ピアノはー?」と叫ぶ声がした。
ピアノ教室なんて、どうでもいい。
早く、早くシンの所に行かなくちゃ。
子供のあたしは、タクシーやバスを使うなんて頭になくて、肌寒い外を必死で走る。
堅い蕾を抱えた桜並木は、息を切らしながら走るあたしを、静かに見下ろしていた。