桜の咲くころ
第5章


涙の別れは、思い返せば実に淡々としたものだった。

前田先生たちの疑問や反対を押し切って、3日、連続で日勤と当直をこなす。

最後は、医療ミスに繋がるからって脅されて、半ば強制的に部屋に帰された。

4日ぶりの我が家は、扉を開けても冷たい空気が留まるだけで、シンの気配も何も残されていなかった。

机の上に置いた手紙と一緒に、実に呆気なくシンは部屋から出て行ってしまっていた。

携帯への着信もメールも残さないまま。

まるで、初めからいなかったかの様に。

でも――。

部屋に残された真新しい炊飯器が、シンといた時間を思い出させて涙がこぼれた。

だからもう、泣かないですむように、それを乱暴にクローゼットの奥に押し込んだ。


勝手な、あたしの置手紙。

怒っただろうな。

呆れたかな。

でも、それでもいい。

お互いの未練が残らないように・・・。

その為に、あたしはワガママを押し切ったんだから。
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