桜の咲くころ
「サトル・・・あたしは・・・あなたを愛してない。愛されてるとも思えない。便利だからでしょう?束縛もしない、自分の邪魔にならない女が心地いいからでしょう?」

「だから?」

「・・・っ」

「俺がミカコを欲してるんだ。それだけで充分だろ?愛なんて必要ない。だって、俺の持ち物なんだから」

「・・・悪いけど、あたしは物じゃない。だから、もう、構わないで」

そう吐き捨てて電話を切る。

体の震えが止まらずに、あたしはその場にズルズルと座り込んだ。

もう、助けてくれる人間は誰もいない。

シンに――シンには絶対、知らせてはいけない――。



「ミーカーコ先生っ、まだ着替えてます?」

更衣室の入り口からナナちゃんが顔を覗かせる。

「医局の奥だから、遠慮したんですけど・・・前田先生だけだったから通り抜けて――って先生!?大丈夫ですか?」

慌ててあたしの元に駆け寄るナナちゃん。

「先生?顔、真っ青ですよ?大丈夫ですか?ま、前田先生呼んで来ます!!」

そう言って、今にも駆け出しそうになるナナちゃんの細い腕を掴む。

「大丈夫、ちょっと立ちくらみがして・・・。悪いけど、今日、無理かも・・・。今度・・・絶対埋め合わせするから・・・ね?」

あたしの異常な姿を見て、彼女は動揺しつつも、優しい声で「分かりました」と言ってあたしの横にしゃがむ。

手の平であたしの背中をゆっくりさすり「仮眠室で休んで帰ってください」と語りかけた。

あたしは――誰とも関わってはいけない。

サトルがいる限り、一生・・・・・・。
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