桜の咲くころ
目を開けると、医局には誰もいない。

窓から差し込む太陽が、時間の流れをあたしに知らせた。

上り始めたばかりの太陽が、いまじゃ真上から地面を照らしてる。

雲の切れ間から差し込まれる光は、眠ったあたしに遠慮したかのように思えた。

「あ、ミカコ先生、起きました?」

同じ内科の研修医が入り口から元気良く声をかける。

既に輸液のパックは空っぽになっていて、あたしは刺さったままの針を自分で抜きながら「おはよ」と返した。

「爆睡でしたねー」

あたし専用のマグカップにコーヒーを入れて研修医が運んでくれる。

それを両手で受け取りながら「みたいね」と笑顔を作った。

深く眠れたのか点滴が効いたのか、あれだけ体に纏わりついてた倦怠感が消えていた。

「失恋のショックって本当ですか?」

おずおずと、彼があたしに問いかける。

「は?何、それ」

意味が分からず、眉間にシワを寄せて彼のほうを向き直った。

「だって、前田先生が・・・」

スッとあたしの背中に研修医が手を伸ばす。

パリッ・・・と、何かが剥がれる音と共に、目の前に一枚のコピー用紙が現れた。

【猛獣、失恋につき、触るな危検】

雑な字で大きく書かれた文字。

危険の険の字が【検】に書き間違ってる。

前田先生の仕業だと、すぐにピンと来た。

でも、すぐに優しさだと気付く。

この背中の張り紙があったから、みんなクスクス笑いながらも寝かせてくれていたんだ。

淀んだままの心が、温かくなっていく。
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